第33話 「わからない」
どれくらい走ったのか分からない。
息が荒れ、足が震え、心臓の鼓動だけが耳の奥でうるさく響く。
ようやく視界に開けた場所が見え、三人は同時に足を止めた。
「……はぁ、はぁ……なんだったんだ、あれ……」
ジローが草地に手をつき、震える声でつぶやく。
ナユカはまだ胸の奥が冷えたままだ。
あの濁った目。折れた体。結〈ノット〉を暴走させた男。
“普通じゃない”なんて言葉では足りなかった。
「アシナ……あれって……」
ジローが恐る恐る問う。
「アシナが言ってた“結〈ノット〉”だよね?」
アシナはしばらく呼吸を整え、短く答えた。
「……うん。多分そう」
「でも、なんで……?」
アシナは目を伏せる。
顔色はまだ青い。
「結〈ノット〉は……この宇宙とは別の層にある“存在”と繋がる力よ」
「だから、この世界では起きない現象を起こせる」
ナユカとジローは息を呑んだ。
「でも、そのためには別宇宙の存在と契約を結ばなきゃいけないはず……。
契約なしで、あんな力……本来なら絶対に使えないの」
「じゃあ……なんで……?」
ジローの疑問は当然だった。
アシナは答えられず、ただ首を振る。
「……わからない。私にも」
(──わからないのは、私も同じ。
だって私は契約の儀をしてない。
なのに、私は結〈ノット〉が使えた……どうして?)
胸の奥に沈んでいた疑念が、静かに形を持ちはじめていた。
けれど──今は考え続けられない。
⸻
「やっぱり遺跡に行くしかないと思う」
アシナは立ち上がり、森の奥を見た。
「遺跡に行けば……何か掴めるかもしれない」
ナユカとジローは顔を見合わせた。
「ごめんね、付き合わせて」
アシナは少しだけ目を伏せた。
「何言ってんのさ」
ジローが笑う。まだ声は震えてるが、嘘じゃない笑顔。
「三人の冒険だろ? 勝手に“私の問題”にすんなよ」
ナユカも肩を軽く叩いた。
「そうだよ。アシナだけが主役面しないで」
アシナは一瞬、呆けた顔をして──
ふっと笑った。
「……なに言ってるのよ。主役は私でしょ?」
「でたよ」「はいはい」
三人の声が重なったその瞬間だけ、恐怖の影が薄れた。
⸻
慎重に歩き出す。
さっきまでと違う。
木の揺れ、葉の影、風の音──全部に耳をすませる。
その慎重さは功を奏した。
わずかに開けた岩陰や倒木の向こうに、
何人かの“人影”を見た。
どれも異様に静かで、濁った目をしている。
異常な歩き方。揺れた体。
近づけば危ないことは一目で分かった。
三人は息を殺し、草を踏まないようにしてやり過ごす。
影を抜けたところで、ナユカが小さくつぶやいた。
「……この辺り、何かあるんだよ」
アシナも頷く。
「さっきの男の住んでる所……じゃないかしら。
男たちの歩き方も声も……“同じ方向”だった」
「……見に行ってみる?」
ジローが不安げな眼を向ける。
危険なのはわかってる。
でも、知らないまま進む方がもっと危険だ。
アシナは短く言った。
「……行きましょう。慎重に」
ナユカとジローも静かに頷いた。
三人は──
森の奥に潜む“何かの中心”へ向けて、そっと足を踏み出した。




