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第31話 「森の奥で見たもの」

 三日目の朝。

 森へ入ってから、わずかだが“変化”が積み重なっていた。


 鳥の声が減り、

 昨日までは普通にあった獣の足跡が急に途切れ、

 逆に、人のものとは違う“荒れた踏み跡”だけが続いている。


 何かが通った──ではなく、

 何かがあてもなく歩き回った跡のように見えた。


 口にこそ出さないが、三人ともその違和感に気づいていた。


 そのせいか、いつもより歩幅が狭かった。

 ジローは周囲を見る回数が増え、

 ナユカは妙に喉が乾き、

 アシナはピオラを握る手に、気づかぬうちに力が入っていた。


 ただ、それでも遺跡へ向かって歩き続けた。

 道がある限り、引き返す理由はない──

 そんな空気が三人の間に流れていた。



 そして、昼前。


 道の先が少しだけ開けた場所に出た。


 最初に立ち止まったのはアシナだった。

 歩みの音が突然消えたように感じ、ナユカとジローも自然に足を止めた。


 そこで、三人は見た。


 倒れている“誰か”を。



 男だった。


 仰向けで、

 目は大きく見開き、

 口は悲鳴を上げようとして固まったように開いている。


 腕も脚も、ありえない角度に折れていた。


 壊れた人形のような、

 でも──確かに“人間だったもの”。


 ナユカの喉がきゅっと締まり、息が入らなくなる。


 ジローは視線をそらせないまま、靴底が細かく震えていた。


 アシナは目を細め、

 一歩だけ後ろに下がる。


 冷静に見ようとする姿勢だったが、右手の指先がわずかに震えていた。


 言葉は、誰の口からも出なかった。


 ただ、

 “ここにいてはいけない”

 それだけが、三人の全身を締めつけていた。



「……行こう」


 最初に動いたのはアシナだった。


 声は掠れていた。

 冷静さを保とうとしているが、その足はすでに後ろへ向かっている。


 ナユカもジローも、その言葉にうなずく余裕はなかったが、身体だけが本能でついていった。


 三人は視線を死体から外し、

 逃げるように距離をとった。


 来た道を戻るでも、進むでもない。

 ただ、死体が“見えない場所”へ。


 それだけで精一杯だった。



 数十メートル離れたところで、ようやく息が戻ってきた。


 ナユカは胸の前で両手をぎゅっと握り、震えを押さえようとしていた。


 ジローは額の汗を手の甲で拭いながら、浅い呼吸を繰り返す。


 アシナは前を向いたまま歩き続けていたが、背筋がわずかに硬くなっているのが分かる。


 誰も死体の話をしなかった。

 できなかった。



 ──パキ。


 右手の森で、枝の折れる音がした。


 三人の足が同時に止まった。


 さっきの死体とは別の何かが、“いる”と分かる音だった。


 振り返る余裕はない。

 息だけが細くなる。


 そして。


「……おい」


 背後から、低い声が落ちてきた。


 三人は反射で振り返った。


 木々の影から、痩せた男が一人。

 濁った目。

 やけに揺れる肩。

 立ち方そのものがどこか不安定なのに、

 視線だけは妙にぎらついている。


 アシナがわずかに身構え、

 ナユカの心臓は大きく跳ね、

 ジローは口を閉じたまま喉を鳴らした。


 死体から逃げてきた先で、さらに逃げ場のないものに出会ったと、三人の本能が悟った。

 

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