第3話 「動き出す前の静けさ」
翌朝。まだ早い時間だというのに、ジローの工房にはすでに人の気配があった。
ジローは作業机の上に置かれた銀色の円盤を見つめ、腕を組んで眉を寄せている。
窓から差し込む朝の光が、金属表面だけを淡く照らしていた。
「おはよう、ジロー」
「あ、ナユカ。おはよう」
ナユカは円盤の横まで歩き、静かに尋ねる。
「昨日……やっぱりダメだった?」
ジローは困ったように笑い、小さく首を振った。
「うん。もう完全にお手上げ。
触っても、温めても、冷やしても内部反応ゼロ。
分解もできないし、素材も“普通じゃない”感じはするのにね」
「普通じゃないのに、動かない……か」
二人は円盤を挟んで考え込んだ。
「……なんか、あと一歩って感じはするんだけどな」
「わかる。手がかりだけでもあれば……」
その重い空気を破るように、明るい声が響いた。
「おはよう! 二人とももう来てたんだ!」
アシナが勢いよく扉を開けて入ってくる。
黒髪を揺らし、朝から妙に元気だ。
「おはよう、アシナ」
「おはよう!」
アシナは机に近づき、円盤を覗き込む。
「あ、これがそうなのね」
軽く触れるように表面を撫でながら、興味津々で言う。
「どんなこと試したの?」
促され、ナユカとジローは試した内容を順に説明した。
触れる、角度を変える、温冷刺激、内部スキャン……
そして最後に、弱い電流を流したが反応ゼロだったこと。
「……弱い電流、ねぇ」
アシナは腕を組み、数秒だけ考えて──
「じゃあさ、もっと強い電流を流してみたら?」
「え?」
「強いの?」
「昨日は弱すぎただけって可能性、あるでしょ?
動くものなら、もっと刺激があった方がいいかもよ」
ジローが目を丸くする。
「いや、まぁ……強すぎなければ危険じゃないけど……」
「じゃあやってみようよ。
言うでしょ、“二度ある事は”っていうじゃない?」
そう言って、アシナは笑い、親指をぐっと前に突き出した。
「それ、使い方全然違うよ」
ナユカは呆れながら、ジローを見る。
ジローは苦笑しながらも、観念したように頷いた。
「……うん。じゃあ少しだけ、強めてみるよ」
「よし!」
アシナは円盤を机の中央に戻し、
ナユカは隣に立って見守る。
ジローは慎重にダイヤルを調整し、ケーブルを接続した。
「いくよ……」
工房に静けさが戻る。
パチッ。
昨日より鋭い音が響いた。
直後、
円盤の中心が淡く光る。
「……!!」
「今の……!」
「光ったよね?」
二人が息を呑む。
アシナも驚いている様子だったが、余計な口は挟まない。
ほんの一瞬の輝きだった。
けれど、“内側で何かが起きた”ことは、全員が確信していた。
「……これ、本当に動くのかもしれない」
ナユカの声は、わずかに震えていた。
「もっと、強い電流を流してみようか……」
三人は目を合わせ、静かに頷く。
「次は……もっと大きく反応するはず」
ジローはそう言って、さらに強い電流を流し始めた。
パチッッ!
さっきより強い音が鳴る。
再び、円盤の中心が淡く光った。
三人はしばらく、円盤を見つめ続けていた。
朝の光の中で、円盤は──
目覚める直前の生き物のように、静かに横たわっていた。




