第29話 「森に残る気配」
街道を外れてしばらく歩くと、地面の感触が変わった。
舗装は途切れ、湿り気を帯びた土の道がゆるやかに続いている。
ピオラの地図が示す矢印に従い、三人は森の奥へ向かっていた。
鳥の声が一定の間隔で響く。
枝葉を揺らす風が、街の喧騒とは切り離された時間を作っていた。
「歩きづらいね」
ジローが草を払いながらつぶやく。
「都市部の道よりはね。でも、このくらいなら普通よ」
アシナは速度を落とさず、前を進む。
――
細い谷を渡るための簡素な橋に差し掛かった。
木材は古く、一部が沈んでいる。
「ちょっと待って。順番決めて渡ったほうがいいかも」
ナユカが踏み板を慎重に確かめる。
「じゃあ私が先に行くわ」
アシナが軽く体重を乗せ、問題ないことを確かめてから渡った。
ジロー、ナユカも順に続く。
橋は軋んだが、崩れはしなかった。
渡り終えた瞬間、空気がわずかに変わった。
森の匂いに、煙の薄い残り香が混じっている。
「……焚き火の跡だ」
ジローが草むらの奥を指さす。
黒く焦げた石の並び。
灰はまだ散っている。雨や風で消えた形ではない。
近くの地面には、小さな足跡が複数あった。
輪郭は浅いが、重ねられた数が多い。
「最近のものね」
アシナがしゃがみ込み、土の凹みを見つめる。
「子ども……かな?」
ジローが声を落とす。
「大人が混ざってても不思議じゃないわ。
でも、規模は大きくない。歩幅が短いもの」
言い切らず、ただ観察しただけの調子だった。
ナユカは周囲を見渡す。
「ここ、誰か住んでるの?」
「“通った”だけかも。森を抜けるために寄ったとか」
アシナは立ち上がった。
三人はそれ以上足跡を追わず、進むことにした。
歩き出してしばらくしてから、
ナユカは一度だけ、背後を振り返る。
もちろん、誰もいない。
焚き火跡も、足跡も、木々に紛れて見えなくなっている。
それでも――
見られていた気がした、という感覚だけが残った。
――
坂道の途中、岩肌が露出した細い道に出た。
片側は崖ではないが急斜面で、足を滑らせれば面倒なことになりそうだ。
アシナは歩幅を調整し、
ナユカは足元を確かめ、
ジローはバランスを取るために木の枝を手にした。
三人は、言葉を交わさずに動いていた。
誰かが止まれば、自然と後ろも止まる。
合わせたわけではない。
だが、ばらける気にもならなかった。
――
森の奥は相変わらず静かだった。
鳥の声、風、足音だけが一定のリズムを作っている。
「……遺跡までは、まだ先ね」
アシナがピオラを確認しながら言う。
ナユカとジローは、ほんの少しだけ表情を引き締めた。
人の痕跡はある。
けれど、誰も姿を見せない。
歩き出す直前、
ピオラが短く電子音を鳴らした。
警告でも、指示でもない。
ただの補正音に近い。
それでもナユカは、
その音が、少しだけ遅れて聞こえた気がした。
三人は歩調をそろえ、
さらに森の奥へと進んでいった。




