第23話 「地方都市にて」
――第二王子の評判が、静かに広がりはじめた頃――
王都から遠く離れた、交易路沿いの地方都市。
かつては港も市場もさびれ、人影の少なかったその街に、
近ごろ、ようやく人の流れが戻りつつあった。
朝の商業区では、荷馬車のきしむ音と、呼び込みの声が重なり合う。
「最近はよく売れるな。
前は昼までに客が二人って日もあったのに」
「東区との物流が安定したらしいぞ。
ほら、第二王子殿下の“市場整備”ってやつだ」
「ああ……ミレイユ殿下か。
てっきり王都だけの話だと思ってたが、こっちにも影響あるんだな」
商人たちは気負いなく言葉を交わす。
王族の政治が、地方の生活に直接影響する――
そんな実感は、久しく失われていたはずのものだった。
「でも殿下は、王にはなれないんだろ?
結〈ノット〉をお持ちじゃないって、みんな知ってる」
「らしいな。
それでも領地の景気が良くなるなら、誰が王でも構わんよ」
「王になるなら……第三王子のリオネル殿下だろ。
軍部に人気があるって聞く」
「けど、あの方……ちょっと乱暴者だって噂もある。
“武功はあるが、気性が荒い”って」
「いざというときは頼りになりそうじゃないか。
どのみち、第一王子のアルセス殿下じゃ荷が重いだろ。
優しいのはいいが、存在感が薄い」
「はは……言うなよ。
まあ、次の代替わりまで……あと一年弱か」
そこまで言って、
会話はふっと途切れた。
誰かが続きを言うでもなく、
ただ、往来の音と人の気配だけが流れていく。
店先に吊るされた小さな風鈴が、
乾いた風に揺れて、軽い音を立てた。
――
商業区から少し離れた倉庫街では、
若い荷役が帳面を片手に、眉をひそめていた。
「……数、合ってるよな」
荷の量は確かに増えている。
誤差でも、抜き取りでもない。
ただ――
回る速度が、以前とは違っていた。
「前はこんなに忙しくなかったんだけどな……」
誰に聞かせるでもなく呟き、
男は帳面を閉じて、次の荷へと向かう。
理由は分からない。
だが、身体は正直だった。
――
街外れの掲示板には、いつの間にか新しい張り紙が増えていた。
街道整備の告知。
税の軽減措置。
倉庫使用料の一時引き下げ。
どれも派手な内容ではない。
だが、暮らしの隅を確実に支える類のものだった。
「前は、こんなの貼られても誰も見なかったのにな」
通りがかりの老人が、苦笑混じりに呟く。
今は違う。
足を止め、文字を追い、頷く者がいる。
名前は書かれていない。
王族の印章もない。
それでも、人々はなんとなく分かっていた。
――ああ、また“あの人”の仕事だ、と。
期待でも、信仰でもない。
もっと実務的で、生活に根ざした感覚。
街は、まだ何も決断していない。
だが、空気だけは、確かに変わり始めていた。
――
再び、商業区。
日常の雑談は、いつの間にか別の話題へと移っていた。
政治の話は、そこで終わりだ。
生活の改善が実感できる限り、
多くの市民にとっては、それで十分だった。
街は、ゆっくりと。
だが確かに、活気を取り戻していた。
――その変化の理由を、
誰も深く考えようとはしていなかった。
人々は、
理由よりも先に、
変化そのものを受け入れることに慣れ始めていた。




