第22話 「噂話」
白大理石の柱が林立する、神殿中庭の奥まった一角。
契約の儀を待つ者たちが静かに列を作り、
香炉から立ちのぼる青白い煙だけが、ゆるやかに揺れていた。
祈祷文は低く、一定の調子で続いている。
言葉の意味を正確に聞き取れる者は、ここにはほとんどいない。
それでも誰一人として、無関心ではいられなかった。
官吏たちは儀式の妨げにならぬよう、
ほんのわずかに距離を取りながら、声を潜めていた。
――
「……第二王子殿下、最近お姿を見かけませんね」
最初に口を開いたのは、年配の官吏だった。
声は低く、慎重だった。
「ええ。東区の市議会との折衝が続いているとか。
相当お忙しいと聞きます」
応じた男は、視線だけで周囲を一度確かめてから続ける。
「第三王子派に加わられたという噂も……本当なのでしょうか?」
一瞬、空気が止まった。
香炉の煙が、ちょうど二人のあいだを横切る。
「噂にすぎませんが――
火のないところに煙は立たない、とも言いますからね」
誰も笑わなかった。
「そうですか……。少し驚きました。
ご資質だけを見れば、殿下は兄弟随一と評されていたはず」
「その評価自体は、今も変わっていません。
聡明で、温和で……ただ」
言葉が途切れた。
あえて続きを言わない、という選択。
「ご実家の由緒という点では、やや弱い。
それが、足を引いているという声もあります」
「……否定はできませんね」
二人は自然と視線を交わし、口を閉ざした。
この話題は、長く続けるものではない。
遠くで祈祷文を唱える声が、低く反響している。
「軍部からの支持も、強いとは言えないそうです」
「その点が、どうにも……。
ラミオ殿は、どのようにお感じなのでしょうね」
「ラミオ殿の結〈ノット〉は、王家内でも随一と評されています。
第一王子殿下方とも縁が深いお立場ですし」
「本当に」
言葉は穏やかだが、
そこに含まれる重みは、誰もが理解していた。
「それでも第二殿下が第三王子派へ――とは」
「第一派は、さぞ驚かれたでしょうね」
「ええ。
“次の代は決まった”などと囁かれていたほどですから」
神殿の高窓から差し込む光が、床に細い影を落とす。
その影が揺れるたび、官吏たちは無意識に周囲を気にした。
「……まあ、我々には計り知れぬ事情があるのでしょう。
水面下では、いろいろと」
「ええ……。
この場にいる誰にも、到底わかるはずがありません」
会話は、そこで途切れた。
沈黙が再び神殿を満たし、
ただ祈りのざわめきだけが、静かに流れていった。




