第2話 「静かな町と、動かない円盤」
ラナスの昼はいつもゆっくりだ。
ナユカは管制局〈サブリック〉の仕事を終えて、ジャンク屋で買った円盤――直径30センチの金属の塊――を抱え、工房へ向かっていた。
今日のサブリックの依頼は三つ。
一つは、山沿いに残る古い観測塔の点検。
二つ目は、農地で使う水質調整ドローンの再起動。
三つ目が、老夫婦の家に部品を届ける配達。
派手な仕事とは程遠いが、住んでいる人たちには欠かせない。
「おう、ナユカ。今日もちゃんと働いてるな」
声をかけたのは、サブリックの先輩・ガルドだ。
大柄で少し怖そうだが、本当は仲間想いの男だ。
「今日の点検、助かったよ。あの塔、ひとりだと登るのきついんだよな」
「平気。慣れてるし」
「まあ、無理だけはするなよ。夢の宇宙船も、身体壊したら乗れねぇだろ?」
「……うん。ありがとう」
ガルドは笑って手を振ると、作業の続きをしに戻っていった。
その直後、すれ違う影がひとつ。
「ナユカ、明後日の仕事、覚えてる?」
ラネッサだ。
サブリックを束ねる冷静な女性で、黒髪を後ろでまとめている。
「森の巡回だよね。行くよ」
「うん、時間通りに」
ラネッサはそれだけ言って去っていく。
無駄がなく、でも必要なことは自然に伝えていく。
ナユカは内心、少しだけ緊張しながらも嫌いではなかった。
⸻
工房に着くと、ジローが工具を片づけているところだった。
「ナユカ、いらっしゃい。言ってたやつだね?」
「うん、これ。ほんとに何かわからなくて」
「じゃあ、机に置いてみて」
円盤をそっと置くと、ジローはメガネ型デバイスを押し上げ、慎重に触れた。
「……やっぱり反応はないね。可動部も、接合面も見えない」
「昨日もぜんぜん動かなかったよ」
「普通はちょっと電流を触れさせたら、少しくらい動いたりするはずなんだけどね。
これは、本当に沈黙してる」
ナユカは円盤をのぞき込んだ。
「ただの……“ガラクタ”なのかな?」
「いや、それは違うと思う」
ジローは表面を指でなぞりながら続ける。
「加工精度が、本当にすごくいい。
外側が一体整形されてるみたいで、内部を読み取れない。
古い技術なのに、設計思想が妙に高度なんだよ」
「聞けば聞くほど変だな」
「変だよ。でも、興味深いね。少し預かって調べてみるよ」
「ありがとう。急いでるわけじゃないし」
ジローは軽く笑い、工具を横に置いた。
「そういえば、明日アシナが来るって連絡あったよ。
“変なの見つけたなら見たい”って」
ナユカは苦笑する。
「アシナなら言うと思った。……どんな反応するんだろ」
「たぶん、面白がると思う」
今日のところは、円盤は何も起こさない。
ただの“ガラクタ”。沈黙したまま。
けれど――理由はわからないが、
ナユカはこの円盤を見ていると胸が少しざわつく。
それを説明できるほど根拠はなかった。
⸻
工房を出て、夕暮れの空を見上げる。
群青色に染まった雲の向こうで、薄い星光が瞬いていた。
「……明日、どうなるんだろ」
ナユカはなんとなく口にした。
ただ、世界のどこかが少しだけ動き出したような気がしていた。




