第15話 「遺跡の入り口で」
遺跡に足を踏み入れて、しばらく歩いたあとだった。
空気は、外とはまるで違っていた。
湿っているのに冷たくない。
どこか金属の匂いが混じり、奥へ進むほど濃くなっていく。
ナユカが一歩踏み出し、足元を確かめる。
床は砂ではなく、古い合金のように平らだった。
だが、長いあいだ土に埋もれていたらしく、ところどころに苔のようなものが付着している。
「……誰かが手入れしてるわけじゃ、なさそうだな」
ナユカが眉をひそめる。
ジローは手首の端末を起動し、周囲の電磁ノイズを読み取った。
「うん……普通の遺跡っぽくはないね。
何か“生きてる”というか……動いてる感じがする」
アシナは周囲を見渡しながら、不安そうに服の端をつまんでいる。
彼女の表情に、目立った異変はなかった。
体調も、少なくとも外から見える限りは正常だ。
ナユカは胸を撫で下ろす。
(昨日の夜の様子は、なんだったんだろう……)
今日の道中も、アシナに変わった様子は見られない。
……ただ、ピオラだけが妙だった。
ピオラはゆっくりと浮上し、遺跡の内部へと滑り込むように進んでいく。
いつもの無表情なホバリングではない。
迷いがなく、確信を持った軌跡だった。
「……おい、ピオラ?」
ナユカが手を伸ばすが、ピオラは止まらない。
ナユカは言葉を飲み込んだ。
ただの補助機械のはずのピオラが、まるで“帰る場所を知っていた”かのように奥へ進んでいく。
その姿に、喉がわずかに震えた。
「追うしかないな」
ナユカの言葉に、全員がうなずく。
三人は、さらに遺跡の中へ足を進めた。
静寂が満ちる。
足音が金属に吸い込まれ、壁に散った埃がかすかに舞う。
天井から落ちる細い水滴が、床で淡い音を立てて消えた。
「ねぇ……」
アシナが小さな声で言う。
「これ、どうして開いたの?」
「たぶん……だけど、ピオラが反応したんだと思う……」
ジローが囁く。
「開く理由があるなら、それはピオラだと思うし、
少なくとも、僕たちじゃない」
「つまり……ピオラが“目的地”として、ここを認識したってことか」
ナユカが結論をつぶやく。
奥へ進むにつれ、空気が濃くなっていく。
壁の文様が淡く光を帯びはじめ、ピオラの浮遊軌道が、その中心へ向かって収束していった。
「ここ……本当に“遺跡”なんだよね?」
ジローの声には、わずかな畏れがにじんでいた。
ナユカも同じ感覚を抱いていた。
古い。
だが、壊れていない。
忘れられた機械の鼓動だけが、この場所を満たしている。
そして――
ピオラが、急に止まった。
その身体のライトがすべて消え、
次の瞬間、内部で微かな火花が散ったように「カチリ」と音がする。
「……ナユカ。今の、聞こえた?」
ジローが言う。
「分からない。でも――」
ナユカはピオラの横に立ち、ゆっくりと手を伸ばした。
触れた瞬間、
ピオラの内部で、何かが静かに再起動するような震動が走る。
遺跡全体の文様が、淡く光り出した。
アシナが息をのむ。
「これ……ピオラが……?」
その問いに、答える者はいなかった。
ただ一つだけ、全員が直感していた。
――あの日の予感は、間違っていなかった。
ここから先に、何かがある。
そう確信できるだけの“入口の気配”が、
遺跡の奥から静かに滲み出していた。




