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第12話 「静かな夜、最初の異変」

 夜の森は、昼間とはまったく違う表情を見せていた。

 虫の声はほとんどなく、風が木々を揺らす音だけが、テントポッドの外でゆっくりと流れている。


 夕食のあと、三人はそのまま寝床についた。

 旅の行程で相当疲れていたのだろう。

 誰も多くを話さないまま、静かに眠りに落ちていった。


 アシナは深く眠っている。

 けれど――その呼吸は、昼間よりわずかに早い。

 額には薄く汗が浮かび、寝返りを打つたびに、眉がほんの少しだけ寄った。


 ピオラは静かに浮かび、アシナの顔を見つめていた。

 レンズの奥で複数の光が脈打つように動き、内部処理音は、ほとんど感じ取れないほど小さい。


 ピオラのレンズが、ほんの一瞬だけ淡く光る。


 通常の視認では気づけないほどの、微弱な信号。

 それが、ナユカの睡眠リズムに触れた。


 ナユカは、胸の奥がざわつく感覚に目を開けた。


(……なんで起きたんだろ)


 夢を見たわけでもない。

 物音がしたわけでもない。

 それでも、身体のどこかが「起きろ」と告げた気がした。


 ぼんやりと周囲を見渡して――

 ナユカは、アシナの寝息が少し荒いことに気づく。


「……アシナ?」


 小さく名前を呼ぶ。

 返事はないが、アシナの指先が、かすかに震えた。


 熱でもあるのかと、そっと額に触れる。

 いつもより、少しだけ温かい。


(どうしたんだろ……)


 一瞬、起こしたほうがいいのかと思った。

 声をかければ、目を覚ますかもしれない。


 けれど――

 今は、何かをしてしまうには、早すぎる気がした。


 ナユカは手を引き、呼吸の様子を確かめるだけにとどめた。


 外では、風が同じ調子で木々を揺らしている。

 星の位置も、森の匂いも、何ひとつ変わらない。


 まるで、この中で起きていることなど、

 最初から数に入っていないかのように。


 ふと気づくと、ピオラがすぐそばに浮かんでいた。

 小さく揺れながら、アシナとナユカの両方を見ている。


「……ピオラ、これって……」


 もちろん、答えは返ってこない。

 ただ、レンズの光が、普段よりわずかに強く揺らいでいるように見えた。


 それでも、ピオラはそれ以上近づかなかった。

 まるで、越えてはいけない境界が、そこにあるかのように。


 ナユカはブランケットをアシナにかけ直し、その横に静かに座り込む。


(大丈夫……だよな)


 自分に言い聞かせるように、そう思う。

 だが、その確信を確かめる術は、今はなかった。


 夜の森は、再び静寂を取り戻していく。

 薄暗いテントの中で、ピオラの光だけが、かすかに揺れていた。

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