第41話 「ラナス封鎖」
小型船は低い唸りをあげながら、静かに浮上した。
反重力が船体を押し上げ、ふわりと離床する。
次の瞬間、エンジンが点火し、船体は一気に傾斜角を取りながら空へ向かっていった。
窓の外にラナスの街並みが小さくなっていく。
夕暮れの光を反射するビルの天井も、祭りの名残が残る広場も、あっという間に眼下へ消えていく。
ナユカは初めて宇宙へ出る瞬間を迎えていた。
(……本当なら、もっと……)
幼いころからずっと憧れていた。
青い大気圏を抜け、果てしない宇宙へ飛び出す瞬間──
胸が震えるほど感動して、涙が出るくらい嬉しいはずだった。
しかし現実はまるで違った。
胸を占めているのは、不安と恐怖だけ。
ラネッサもロウガンもカネスもミリアも、誰ひとり笑っていない。
必要最低限の言葉しか交わされず、船内には張りつめた空気が漂っていた。
(……何が起きてるんだろう)
ピオラはいつもどおり“ぴっ”と鳴いて揺れているだけ。
けれど、さっきの戦闘では光を強く明滅させていた。
もしかするとピオラも、何かを感じ取っているのかもしれない。
小型船は大気圏を抜け、宇宙空間へ達した。
やがてラナス宙域の境界が近づき──
船内にはようやく薄い安堵が流れ始めた。
「……ラナス宙域、境界まであと少し」
操縦席のミリアの声が、かすかに緩む。
その言葉に合わせるように、
ロウガンの肩がわずかに下がり、
カネスが息を吐き、
ラネッサの指先から力が抜ける。
張り詰めていたものが、船内からすこしずつ剝がれていく。
(……抜けられる)
ナユカは胸の奥の強張りがほどけていくのを感じた。
その瞬間。
けたたましい警報が船内に響き渡った。
「──高重力反応!!」
ミリアの叫びと同時に、船体がごく僅かに震えた。
空間の端が歪み、視界がねじれる。
その歪みの中心から、巨大な艦影が現れた。
一隻。
続けざまに、二隻。
三隻──
止まらない。
光の裂け目が開くたび、次々と戦艦が姿を現していく。
「……嘘……でしょ」
ミリアが震える声でつぶやいた。
カネスが額に汗をにじませながら読み上げた。
「ブラン・アルヴィナ……
第11正教艦隊……第12……第24……
全部来てる……! 総勢──」
表示には圧倒的な数字が並んだ。
「150隻以上……!」
ナユカの喉が、音もなく震えた。
宇宙の暗闇に、白い艦隊が幾何学模様のように並ぶ。
まるで天を覆う壁のように、ラナス宙域を完全に塞ぎ込んでいた。
ラネッサが息を呑む。
「……完全封鎖……!」
次の瞬間。
艦隊の先頭が、こちらへ砲口を向けた。
⸻
ラナス上空 観測旗艦
艦橋は淡い青の照明に照らされ、無駄な音ひとつない。
中央の作戦卓に立つのは、一人の少女のような人物。
ピルル・ヴォーチェ
ASB(オーレリウス盾局)
第三機動監察部 部次長
小柄で柔和。
猫のように感情の読めない目。
だが、その静けさが、艦橋全体を支配していた。
オペレーターが声を上げる。
「部次長! 全艦、ジャンプアウト完了!
包囲網、全て予定どおりです!」
ピルルは、わずかに瞬きをするだけ。
「ラナス宙域の封鎖を確定」
平坦な声。
温度がない。
「対象群──ラネッサ・ハルトン一行。
必ず確保してください。
逃走は、許可しません」
その声は優しいほど静か、
しかし、命令は絶対で、残酷だった。
青い星ラナスを背景に、艦隊の包囲はさらに締まっていく。
ピルルは最後に、ひとつだけ呟いた。
「……さあ。始めましょう」
――ラナス封鎖作戦、発動。




