第10話 「迷いの森を抜けて」
様子のおかしい草食動物が去ったあとも、森は静まり返らなかった。
枝の軋む音、落ち葉の擦れる音、遠くで鳴く不気味な鳥の声。
普段なら気にも留めない環境音が、今はやけに近く感じられる。
「……もう、どこがどこだか分かんないね」
アシナが不安そうに空を仰ぐ。
頭上の葉は分厚く、太陽の位置はまるで分からない。
地面に落ちる影は濃く、方向感覚は簡単に狂ってしまう。
「端末は、まだ干渉中だな」
ジローが腕のデバイスを確認し、眉をひそめた。
「森を抜けるつもりが、逆に奥へ進んでる気がする……」
ナユカは少し考え、ピオラに視線を向けた。
「ピオラ……道、分かる?」
誰にともなく問うような声。
ピオラのレンズが一度だけ明滅し、ゆっくりと森の奥へ身体を傾ける。
まるで「ついてこい」と言うような動きだった。
「……導いてる?」
ジローが目を見開く。
「大丈夫なの?」
さっきの草食動物のことが頭をよぎり、アシナは不安そうに覗き込む。
ナユカは息をのむ。
不安と期待が、胸の中でせめぎ合っていた。
「行こう。ここに留まるよりは、いい」
三人はピオラの後を追った。
⸻
奇妙な進み方。
ピオラが示すルートは、決して“人間に優しい道”ではなかった。
低い枝をくぐり、倒木の脇を慎重に抜け、
時には小さな斜面を横切る。
回りくどく、手間のかかる進み方だ。
「もっと真っ直ぐ行けばいいのに……」
アシナが息をつきながら首をかしげる。
「いや……たぶん、避けてる」
ジローが周囲を見回した。
「この森にいる、生物の縄張り。
さっきみたいなのが、他にもいるんだと思う」
ピオラの動きには迷いがない。
まるで、以前にも通ったことがあるかのような正確さだった。
「どうなってるんだろ……」
アシナの呟きに、ナユカは小さく首を振る。
「今は分からない。でも……助かってるのは事実だよ」
ピオラが先で立ち止まり、淡く光る。
⸻
どれくらい歩いただろうか。
木々の密度が徐々に薄れ、頭上に明るい光が戻ってくる。
「……出口、近いかも」
ナユカが、ほっと息を吐いた。
やがて視界が開け、濃い森の緑が途切れる。
その先には、なだらかな丘と草地が広がっていた。
「出た……! 本当に抜けられたんだ!」
アシナが、思わず声を上げる。
ジローは端末を確認し、干渉表示が消えているのを見て頷いた。
「位置も戻ってる。問題なさそうだ」
ナユカはピオラの横に立ち、そっとレンズに触れる。
「ありがとう、ピオラ。導いてくれたんだね」
ピオラは淡い光をひとつ返すだけで、何も語らない。
その沈黙が、なぜか温かく感じられた。
「ここなら、今夜は野営できそうだな」
ジローが周囲を見渡す。
「うん……今日は、さすがに疲れた」
アシナが微笑み、肩の力を抜いた。
ナユカも頷く。
「じゃあ……夜の準備、しよう」
三人は草地へ歩き出す。
ピオラは静かに、その後をついていった。




