真実の愛? では精々貫いてくださいませ。
王立魔法学園。
生徒会室の中で私は会計としての仕事を熟していた。
そこへ生徒会長であると同時に我が国の王太子でもあるアウレール殿下が声を掛けて来た。
「ナターリエ」
「はい、殿下」
「どうやら君、近々婚約破棄をされるようだぞ。ゲオルクの奴が親しい者に密かに話しているらしい」
「まぁ」
私は書類から目を離す。
ゲオルクというのはハイデガー侯爵家の嫡男であり、私の婚約者でいるお相手。
しかし彼は侯爵家の嫡男としての義務よりも男爵令嬢のリヒャルダ様との恋に現を抜かしている有様。
何とも愚かで浅ましい婚約者だ。
「悲しいお話を聞いてしまいました」
しおらしく目を伏せるも、口に浮かぶのは微笑。
それに気付いたアウレール殿下はやれやれと肩を竦めた。
「悲しんでいるようには見えないがな。……それはそれとして、君の想像通りに事は運びそうだが」
「そうですわね」
「ついでに私の思惑通りにも話が進みそうだな」
アウレール殿下が私の髪を手で掬い上げ、意味深長に笑みを深める。
私はそれを横目に、彼の言葉の真意には気付かないふりをして微笑んだ。
***
「ナターリエ・ブライトナー! お前との婚約を破棄する!」
それから数日後。
私は大勢の生徒が集まる場でゲオルクからそう告げられる。
彼の側にはリヒャルダ様の姿もあり、彼女は私に怯えていますとでも言いたげに顔を曇らせていた。
「お前は醜い嫉妬心から、彼女を虐めるだけでなく、その命まで奪いかねない悪行を働いた! よって俺との婚約を破棄した上で、お前の罪を告発する!」
「ナターリエ様、もう私、限界なんです。どうか、ご自身の罪を認めてください……!」
「していない事をしたと申し上げるのは、罪を認める事にはなりませんわ」
「この期に及んで白を切るというのか!」
私達の周りは野次馬の生徒達に囲まれており、皆何事かと見守っていた。
しかしいくつ視線があろうと、後ろめたい事などない私が狼狽える事はない。
「お前は俺が愛している人を傷付けた! こんな事許せるわけがないだろう!」
「そもそも貴方が話すような事は何もしていないのですが。そんな事はさておき、仮にも書面上はまだ婚約関係が続いているのですから、私以外の女性へ愛しているなどという言葉を向けるのはおやめになった方がよろしいかと」
「ハッ、自分に向けられたことがない言葉だからか? 何度でも言ってやる! 俺はお前のような悪女ではなく、リヒャルダを愛している! 長年お前に付き合わされてきた俺は漸く真実の愛を見つけられたんだ!」
「……真実の愛?」
私は思わず嘲笑してしまう。
何とも仰々しく、そして薄っぺらい言葉だ。
「な、何がおかしい!」
「お話しする程の事ではございませんわ。ところでその……真実の愛? とやらはゲオルク様の独りよがり……という可能性はございません?」
「な――ッ、き、貴様……ッ! なんてことを……!」
「そんなことありませんわ! 私だって、真に愛するのはゲオルク様だけです!」
激昂するゲオルクの腕に、リヒャルダ様が自身の腕を絡ませる。
そんな彼女は、彼と親しくなるよりも前に何名もの異性を口説いて歩いていたそうだが、それをゲオルクは知っているのだろうか。
まあ、どちらであろうと私には関係のない話ではあるのでその点に触れる事はしない。
「そうでしたか。それは失礼いたしました」
リヒャルダ様の返答に私は笑顔で言葉を返す。
余裕綽々の私の様子が気に入らなかったのだろう。
二人は顔を歪めていた。
「ところでその、私の罪? ですか。そちらを詳しくお伺いしても」
「ッ、そう余裕ぶっていられるのも今の内だぞナターリエ!」
怒りが消えたわけではないだろうが、それでもゲオルクは醜悪な笑みを浮かべて私の罪とやらを話し始めた。
ゲオルク曰く、私はリヒャルダ様に対し、物を隠す、転ばせる、水を被せる、暴言を吐き捨てるなどの虐めから始まり、果てには暴力や階段から突き飛ばす、馬車の事故に見立てて車輪に細工をさせるなど、事実であれば非常に悪質な罪を重ねたとの事。
勿論大嘘である。
彼は元より私が気に入っていなかった。
公爵家の娘である私の地位はゲオルクより上であったが、私を嫌う感情的な問題と、また女性は男性より劣っているという思想から彼は私を見下し続けていた。
とはいえ公爵家との縁談を理由なく破綻にする事は出来ない。
故に彼は私の評判を社交界から落とし、自分が告げた婚約破棄に正当性を持たせようとしたのだろう。
またリヒャルダ様からすれば侯爵家のゲオルクは上位貴族。
本来ならば男爵令嬢など目に掛けてもらえる立場ではない中で、自分に靡いてくれた上位貴族こそゲオルクだったのだろう。
玉の輿を狙うのであれば婚約者である私は邪魔者。
彼女にとっても、私が悪女として嫌われる事には意味があるはずだ。
つまりこれは、真実の愛とやらを抱いているらしいゲオルクとリヒャルダ様による悪意ある工作に他ならない。
一応ゲオルクの言い分を聞いてから、私は大きく肩を竦めた。
「今、貴方が仰った虐め……その時系列と当時を振り返れば、私の傍には常にお友達がいました」
「ハッ、取り巻きなど、いくらでも口裏を合わせられる! それにお前の家の名前を使えば、いくらでも悪事に協力する者はいるだろう。そんな主張は通用しない!」
いやいや、充分通用するでしょう。
そんなツッコミは最早不要なので笑顔で聞き流す。
すると今度はリヒャルダ様がこう言った。
「わ、私、その時ナターリエ様と一緒にいらっしゃった方からも暴力を受けたり、命の危機を感じさせられました! 複数人で私を虐めて……ッ、どうしてあんな事を」
泣きの演技だけは一流というべきだろうか。
リヒャルダ様は涙を流しながら崩れ落ちた。
しかし彼女の称賛に値する芝居を前にしても私は動じることなく――寧ろ勝利を確信した私は笑みを深めてしまった。
それが気に入らなかったのだろう。
「ッ、リヒャルダを泣かせたな! この悪女が!」
ゲオルクが鳴く。
しかしこれも、私にはどうでもいい囀りだった。
(思ったよりも早く終わりそうね)
私は内心でほくそ笑みながら二人を見る。
「では、私の連れも共にリヒャルダ様を虐め、またそのお命を狙う大罪を犯した……と。そう仰りたいのですね」
「何度言わせる! リヒャルダはそう言っているだろう!」
リヒャルダ様が小さく頷いた事も確認してから私はこの騒ぎを収束させるべく更に発言を試みる。
しかしそこへ――
「そうか。では私にも疑いが掛けられている訳だな」
野次馬の中から、アウレール殿下が姿を見せる。
彼は私の隣に立つと、ゲオルクとリヒャルダ様を見据えた。
「で、殿下……!?」
何故突然彼が現れたのか。
そんな驚きと疑問を混ぜたような表情をゲオルクとリヒャルダ様がする。
私は殿下を見る。
すると彼は私と目を合わせた。
『私が話そう』と、言外に仰っている事が分かった。
私はその場をアウレール殿下へ譲る。
「さて、ゲオルク・フォン・ハイデガー。ナターリエ嬢が虐めを行ったとして挙げた日時だが。全て私が彼女に付き添っていた」
「……え?」
「彼女が生徒会の一員である事は知っているだろう? その関係でね」
「い、いやしかし、こいつはさっき『お友達』と……」
「ええ。殿下とは本の趣味が合うものですから、読書友達としてお話に花を咲かせる事がままありますの」
大々的に知られている関係性ではない。
故にゲオルクは私が『お友達』と呼ぶ程に殿下と親しくしているとは考えていなかったのだろう。
サッと、彼の顔が青くなる。
ついでにリヒャルダ様のお顔も同じ色になっていた。
そこから、アウレール殿下はゲオルクが挙げた日時をご丁寧に一つ一つ拾い上げ、この時間、私と殿下が何をしていたのかというお話を事細かに話してみせた。
全てのアリバイがアウレール殿下によって証明された頃。
ゲオルクはすっかり震え上がり、俯いていた。
視線を逃がしたところで、今更何かが変わる訳ではないだろうに。
「さて、納得いただけただろうか? 彼女がそこの男爵令嬢を貶める事は不可能だ」
「全く、愚かな事をしたものですね。ゲオルク、リヒャルダ様? 先の発言は公爵令嬢である私――延いてはブライトナー公爵家に対する冒涜、そして同時に王族の……それも未来の国王であるアウレール殿下への冒涜でもあります。王族を軽視し、あろう事か冤罪を被せようなどと……そのような事をした者の結末などお判りでしょう?」
「そ、んな……」
「い、いやよ、いや……っ!」
ガタガタと震えが大きくなるゲオルク、そして泣きじゃくるリヒャルダ様。
お二人の様子を視界に留め乍ら、私は手を打った。
「しかし。……実は私、お二人が仰った『真実の愛』にとても興味がありますわ」
品のない笑いが込み上げないよう必死に耐えながら、淑女らしい笑みを維持する。
「ですから、どちらかお一人が愛するお方の為に罪を被るというのであれば……私、もう片方のお方は許そうと思います。……いかがでしょうか?」
その言葉を聞いた途端、ゲオルクもリヒャルダ様も顔つきが変わる。
必死の形相で、血走らせた眼でこの先で自分がすべき事を見極めていた。
「さぁ! 思う存分に真実の愛を教えてくださいませ!」
私がそう告げた瞬間。
真っ先に動いたのはリヒャルダ様だった。
「わ、私を守ってくれるよね? ゲオルク。だって……貴方が言い出した事だものね?」
「……は、はぁ!?」
ゲオルクは当然、リヒャルダ様が自分を守ってくれると思っていたのだろう。
また、出遅れただけで彼女が口を開かなければ同様の言い分を付きつけようとしていたようだ。
彼は焦りと怒りで顔を歪めた。その額や頬からは冷や汗が伝っている。
「き、君が言い出したんだろ!? 何を急に……ッ、そもそも、告発の具体的な内容だって考えたのは君で」
「嘘! 嘘嘘嘘嘘嘘よぉ!!」
リヒャルダ様が金切り声を上げ、自分にとって都合の悪いゲオルクの言葉を遮る。
するとゲオルクはこれでもかという程に顔を赤くして、彼女に負けない怒鳴り声を絞り出した。
「ふざっけるなァッ!! そもそも俺は侯爵家の男だ! 男爵家など、平民と変わらない取るに足らない出自の女と俺の立場なら、当然俺が優先されてしかるべきだ! お前も! お前の家も! 消えたところで、我が国に何の不利益も起こらないんだからな!!」
「う……ッ、うあああああっ! ぁぁあああああ!!」
時に残酷な貴族社会。
いくら滅茶苦茶な言い分、過剰な暴言であったとしても、権力の差を引き合いに出されてしまえば弱き立場の者が言い返せるような言葉はない。
リヒャルダ様は床を殴りながら獣のような声を上げて泣きじゃくる事で反発するしかなかった。
(それにしても)
目の前で広がる阿鼻叫喚の図に私は目を細める。
(これが『真実の愛』ね)
こんなものが愛というのならば、ない方がきっと幸せだろう。
そんな事を思いながら私は再び手を打った。
「充分にわかりましたわ! お二人にとっての『真実の愛』とは、『相手は何があっても自分を守ってくれるはず』という他力本願から成る感情のようですわね」
皮肉を込めてそう述べてから、私は告げる。
「では、最後まで言葉を以て相手を説得しようとしたゲオルクを私は許すことにしましょう」
「……本当か!?」
「ええ」
「な、なんで……なんでなんでなんでよぉおおおっ!!」
この先で待つ未来など一つ。
それを悟ったリヒャルダ様が半狂乱になる横でゲオルクは安堵の笑みを湛えた。
「ありがとう……ありがとう、ナターリエ!」
今更彼から感謝を述べられようと、反吐が出る……いいえ、嫌な気持ちが消える訳ではない。
私はアウレール殿下に目配せをした。
「罪人を捕縛せよ」
私の視線の意図を汲んだ彼は、離れた場所で控えていた王宮直属の騎士を呼んだ。
駆け付けた騎士によって、あっという間にリヒャルダ様が捕らえられる。
しかし――
「……なっ!?」
騎士は、リヒャルダ様と共にゲオルクも拘束し始めた。
「お、おい、俺は違う! さっきの話聞いてただろ? なぁ!! ――ナターリエ!!」
何とか拘束を掻い潜ろうとしたゲオルクだったが、それは叶わないままに組み伏せられる。
焦った彼は助けを求めるように私を見る。
私は芝居らしさを隠さず大袈裟に困ったという態度をとる。
「困りましたわ。私は確かに貴方を許すと言ったのに。……これは一体どういう事でしょう」
「すまないな、ナターリエ」
私の視線の先でアウレール殿下が、同じくわざとらしく困った様な顔をしている。
「君が己の冤罪を許したとしても、彼にはまだ王太子である私を陥れようとした罪が残っている。国を治める者として、法に例外を作ってはならない。まぁそもそも――君を陥れようとした事も、私は許すつもりがないが」
「そ、んな……っ!」
泣きじゃくるリヒャルダ様と、現実が受け入れられないゲオルク。
二人は騎士に捕らえられ、その場から引きずり出されていく。
引きずられるゲオルクが、私の隣を横切った。
目が合う。
私はそんな彼を尻目に――口角をつり上げた。
最大限の嘲笑。それを彼へ浴びせる。
お陰でゲオルクは確信した事だろう。
私が――はなから彼を許す気などなかったという事を。
「な……ナターリエェェェェエエエエエッ!!」
激昂したゲオルクの絶叫が響き渡る。
彼は怒り狂いながら、私の前から姿を消すのだった。
***
「我が家は由緒正しきブライトナー公爵家です。たかだか一侯爵家にコケにされて黙っているようでは面目も潰れてしまいますから、仕方のない事だったのですよ」
放課後。
何事もなかったかのように生徒会の仕事を片付けながら私は言う。
既に生徒会の会議は終わっており、生徒会室には私とアウレール殿下しかいない。
私達は休憩の為に淹れたお茶で口を潤しながら話していた。
「わかっているとも。そもそも、私が関与していなかったとしても、公爵家の者を陥れようとした彼らの罪は決して軽いものではなかっただろうな。それでも……命は助かっていたかもしれないが」
アウレール殿下はカップに口を付けながら静かに目を細めた。
客観的に見れば王族に仇なそうとした二人は極刑に処される事だろう。
また、それぞれの家も潰えるに違いない。
場合によっては――家族の命も保障されないかもしれない。
冷たく残酷な話ではあるが、これが我が国の現実だ。
「真実の愛、だなんて。よくもまぁ、あのような恥ずかしい言葉を使えたものですね」
冷笑しながら、私は残り少ないお茶へ視線を落とす。
すると、視界の端でアウレール殿下が席を立つのが分かった。
彼は私の傍まで寄ると、私の顎に触れる。
そして自分を見るように促してから、顔を近づけた。
きめ細やかな肌に、一つ一つのパーツが整った顔が、私へ向けられていた。
「あれを本当の愛などと勘違いされては困るな」
私は静かに視線を逸らした。
くすり、と笑う気配がある。
「ナターリエ」
「……はい」
「『真実の愛』を……もう一度、試してみるつもりはないか」
じわりと顔に熱が溜まるのを感じながら私は言う。
「……私の性格が曲がっている事はご存じでしょう? きっといい思いはしませんわ」
「それはお互い様だろう。それに――良いか悪いかを決めるのは私だ」
暫し続いた沈黙が痛い。
しかし居たたまれない気持ちの中に、満更でもない自分がいる事に私は気付いていた。
私は無言で小さく頷く。
すると、また笑う気配がある。
そうして――
視界に影が差し、私の唇に柔らかな感触がある。
甘く深い口づけを受ける私の頬を、大きな手が優しく撫でる。
もう片方の手はいつの間にか私の背に回され、逃がしはしないとでも言うようにしっかりと抱き寄せられていた。
酸欠になり、目が回り始めた頃。
漸く私の口は解放された。
「――愛しているよ、ナターリエ」
しかしアウレール殿下はまだ満足してはいないようで。
「これで君は、俺のものだ」
「っあ、ちょっと待――」
青い瞳を妖しく光らせた彼は再び私の唇を塞いだ。
――アウレール殿下によって『真実の愛』を知らしめられる日々は、まだ始まったばかりである。
最後までお読みいただきありがとうございました!
もし楽しんでいただけた場合には是非とも
リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!
また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!
それでは、またご縁がありましたらどこかで!




