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第1話 謎の女性



『騎士にもなれないお前がドラグーンになれるわけがないだろ』

 


 ルシウスから言われた言葉が頭にこびりついて離れない。


 俺は俯きながら、一人で王都の下町を歩いていた。


 試験にも落ち、ルシウスには嘲笑され、クレアには八つ当たりしてしまって気分は最悪の一言だった。


 俺はため息を吐く。


 二人と初めて出会ったのは王都に来てからだった。


 父親がいない俺は15歳の時に、たった一人の母親の反対を押し切って故郷を飛び出した。そして王都までやってきて、騎士選抜試験を受けるためにまずは兵士として仕事を始めた。


 きつい訓練や雑務、慣れない習慣に四苦八苦しながらも、毎日ドラグーンになった自分を思い浮かべながら剣や槍を振った。


 そんな中で同じ年齢だったルシウスとクレアに出会った。


 ルシウスは俺と同じくドラグーンを目指していて、クレアは王家に仕える近衛騎士を目指してると言っていた。


 思い返せば最初はもっと穏やかな関係だったと思う。


 ルシウスもクレアも俺とは比べ物にならないほど優秀で、日々二人の実力に圧倒されてばかりだったが、騎士を目指すという共通点のおかげで交流し始めた。


 日々、競い合いながらも同じ苦楽を共にしながら、仲間と呼べるだけの関係になった筈だった。


 その考えが崩れ始めたのはいつだったか。


 勿論わかっている。16歳になって一度目の騎士選抜試験の時からだ。


 ルシウスとクレアが合格し、俺だけが落ちた試験。


 歯車が狂い始めたのはその時からだったと思う。


 ルシウスは俺に対して興味を失ったかの様に無感情な瞳を向け始め、事あるごとに俺を下に見て侮蔑と嘲笑の言葉を投げつけた。


 クレアは励ましてくれてはいたが、俺は素直にそれを喜ぶことができなかった。同情されていると感じて自分が情けなかったからだ。


 彼女が偽りのない善意で声をかけてくれているのを本当はわかっていた筈なのに自分の小ささがそうさせた。


「ちくしょう……」


 心の奥底では理解しているのだ。悪いのは全部俺なのだと。


 けど、どれだけ努力しても、二人に追いつけない自分に苛立ちが募っていった。まるで一切の光がない闇の中を歩いている気分だった。


 薄々勘づいていた。


 どれだけ努力しても二人に追いつけない俺には才能がないんじゃないか、と。


 何度挑戦してもドラグーンになるどころか、騎士にさえなれないんじゃないかと。


「……故郷に帰ったら、母さんはなんて言うんだろう?」


 反対を押し切り、半ば家出するような勢いで故郷を出てきたのだ。今更合わせる顔なんてないのは当然だ。


 あの時の俺は夢を追うという事に対してなんの恐れもなくて、反対する母親に対して心にもない事を言ってしまった。


 最後は結局言い合いになったまま家を出てしまったが、もしも家に帰れば、きっと母親は小言を言いながらも俺を温かく迎えてくれるだろう。


 そして、ドラグーンになる夢を諦めて、故郷で平穏に暮らすのだろうか。


 王都から遠く離れた故郷で親孝行をして、誰かと結婚して家庭を持って、自分の子供に昔は騎士を目指していたのだと語るのだろうか。


 それはきっと穏やかで、小さな幸せを積み重ねる様な暖かい日常が待っているのだろう。想像してみると、それもいい人生に思えた。


 だけど──。


「なんでだよっ……なんで、涙が出てくるんだよっ!?」


 考えれば考えるほど、それを否定する様に涙が溢れてきた。


「くそっ……! 止まってくれよっ……!」


 どうしても諦めきれなかった。あれだけ打ちのめされて、あれだけ醜い自分を知って、それでも尚、幼い日に憧れた存在を忘れられなかった。


 あの時、孤独だった俺に手を差し伸べてくれたドラグーンは幼い俺の目には後光に照らされ、まるで神の使いかの様に感じられた。


 その時の憧憬が、瞼の裏に焼きついて離れないのだ。


「……」


 気がつけば王都の下町でも、人が少ない路地に入り込んでいたみたいだった。


 絶えず溢れてくる涙を拭いながら歩いていると、前から歩いてきた人にぶつかってしまう。


「おい、どこ見て歩いてんだ?」


「……悪かったよ」


 普段ならもう少し冷静に対処できた筈だが、頭の中がぐちゃぐちゃでつい無愛想に返してしまう。


「ああ? なんだその態度は? てめえが前も見ないで歩いてたから悪いんだろ?」


 こんな日に限ってどうして悪い事は重なるのだろうか。


「だから謝ってるだろ」


「誠意が足りねえって言ってんだよ。本当に悪いって思ってるなら、出す物があるんじゃねえか?」


 ニヤニヤと下卑た視線を向けながら、男は白昼堂々恐喝してくる。


 本当に最悪の気分だった。


 苛立ちのままに俺は思わず拳を握りしめ──。


「やめておいた方がいいですよ」


 爆発寸前の俺は、突然後ろから現れた人物に腕を押さえられる。


「は?」


 それはボロボロの黒い外套を羽織った長身の人物で、フードから覗く長い栗色の髪の毛と、鈴鳴りの様な高い声で女性である事だけがわかった。


「今の君じゃ、このチンピラにも勝てないと思いますよ」


「それはどういう──」


 いきなり現れたと思ったら実力を疑う様な事を言われて、その意図を問いただそうとした。だが、その質問は男の言葉に掻き消される。


「おいおい。いきなり割り込んできてチンピラ呼ばわりとはどういうつもりだ? あんた一体誰だよ?」


「そうですね……通りすがりの」


「通りすがりの?」


「……び、美少女ですっ」


 声が僅かに震えているのを聞くに、どうやら自分で言ってて恥ずかしくなったみたいだ。


 男は唾を撒き散らしながら女性を指差して声を上げる。


「少女ってデカさじゃねえだろ! もしかしてあんたも俺の事を舐めてんのか?」


「で、デカいですって? ……ふ、ふふ。まさか? 舐めるどころか、会話さえしたくないと思っています。年端のいかない少年に因縁ふっかけて脅す様な輩は、家畜にも劣る外道ですからね」


 どうして彼女はわざわざ挑発するんだろう。案の定、男は額に青筋を立てて近づいてくる。


「外道って言うならそれらしく振る舞ってやろうか。今ならまだ謝れば許してやるよ? 見たところ体は悪くねえみたいだから一晩は遊んでもらう事になるけどな」


 ニヤニヤと笑いながら男が女性の外套に触れようと手を伸ばす。


 やめろ、と声を上げようとした。


 その瞬間──まるで鼓膜が破れるのではないかと思うほどの破裂音がして、男の顔が後方へ大きく弾かれた。


 そのまま糸が切れた人形の様に大の字に倒れた男を見て、俺は思わず声を漏らす。


「──え?」


 速すぎて全ては見えなかったが間違いない。女性が男の顎に高速で掌底を放ったのだ。残像が見える程の速度で、まるで火薬が爆発したような瞬発力だった。


「あ……思わずやってしまいました……。穏便に済ませるつもりだったのですがしくじりましたねー……」


 その女性は幾重にも包帯が巻かれた腕を下ろすと、独り言の様に呟く。


 俺はそんな彼女から目が離せなかった。


 さっきまではわからなかったが、今ではわかる。身にまとう雰囲気や足の運び方。視線の動かし方まで含めて。


 並の実力者じゃない。それこそ、今まで見た事がない程の──。


「あの!」


 俺は思わず口を開いていた。


「はいはい。何ですか?」


 突然座り込んで何をしているのかと思ったら、女性は倒れた男の懐を漁って銅貨を取り出していた。追い剥ぎをしている様に見えたが、今はそんな事はどうでもいい。


「お願いします! 俺を鍛えてくれませんか!?」


 頭を下げて懇願する。


「き、鍛える? いきなり何を言ってるんですか?」


「強くなりたいんです。勝ちたい奴がいるんです。なりたいものがあるんです。だからお願いします!」


 きっとこの出会いは運命だ。単なる直感だが、彼女は俺が今まで見てきたどんな人よりも強いであろう確信があった。


「ん、んー」


 彼女は少しの間沈黙していたが、男の懐から最早取り出せるものがない事が分かると、こちらにゆっくりと振り返った。


 俺は期待感を胸に彼女の言葉を待っていたが、その口から発せられたのは予想だにしない冷たい言葉だった。


「──絶対に嫌です」


 どうやらそう簡単にはいかないらしい。


 


 

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