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8:結婚相談じゃない?

 アンドールもシリウスも仕事に悶着を持ち込みはしない。

 能動的な王太子の予定管理も大変で、彼らはそんな諍い未満程度で不和になる時間もない。ただ、少しだけシリウスの心に影を落とした。


 昨晩の結婚相談ギルドの設立祝賀会は職員がほとんど平民なので、賑やかで気安い食事会だった。今夜は宮廷の懇親会に参加で、シリウスが苦手なものだ。

 いつも通り大臣にも軽口を叩くアンドールとは異なり、シリウスは要人たちに言動の揚げ足を取られまいと気を張っている。酒席では必然的に無口になるシリウスに、同僚たちが力を抜けと言っても無理であった。


 そんな気疲れ全開のシリウスが帰宅したのは、もうテレシアの弟妹がとっくに就寝している時間だ。


 寝室に入ると、テレシアはオイルランタンを置いた机で書きものをしていた。


「ただいま」


「あっ、お帰りなさい! 気が付かず、お迎えできなくてすみません」

 テレシアが席を立とうとするのを手で制する。


「いいよ、別に。遅いんだし。ヴィハムがいた」


 ヴィハムはアークトゥルス伯爵家からシリウスに付いてきてくれた執事だ。同敷地内の別宅に家族と共に住んでもらっている。


「暗いだろう。電気を付ければいいのに」


「すぐ終わるつもりだったので」


 蒸気機関はあまり好きじゃないシリウスも、“電気は便利だ”と発電機を屋敷内に置いている。

 祖父の遺産のこの屋敷も実家を出て住む時に改築していた。排水機能のある浴槽とシャワーを設置して、トイレを水洗にしたのも早かった。シリウスは清潔さや利便性に金は惜しまなかった。決して最新技術全般が嫌いなわけでないのだ。


 テレシアたちが引っ越してきた時、それらの設備を見て目を丸くしていた。

『うわー! お姫様みたいな生活だー!』

『ほんと、お城みたい!」

 双子たちは屋敷中を探検してはしゃぎ回っていた。



「遅くまで何をしていたんだ?」


「計画書の作成を。集団見合い第一弾は冒険者ギルドにしようとなって。あ、シリウス様の了承が欲しいです」


「あー、すまないが明日にしてくれ。眠くて敵わん」

 大欠伸をしながらシリウスは、シャツのボタンを二つ外してベッドに向かう。もう寝衣に着替えるのも面倒で、どさりと寝転ぶ。


 しばらくしてテレシアがランタンを消して、静かにシリウスの隣に入ってきた。


「おやすみなさい」

 囁いた声に「ああ」と答えた気がする。テレシアはいつもベッドの端っこギリギリに寝る。余裕があるので『もう少し寄れば?』と告げてもそこは譲れないらしい。


 ふわりと入浴後の香油の花の香りが漂う。


(ああ、俺は酒臭いだろうな……)


 そんな事を思いながら眠りについた。




 朝、ぼんやり目を覚ませば何やら左手が暖かい。なんだと考えながら目を開くと思わぬ近さにテレシアの顔があって驚く。そのまま視線を自分の左手に移せば、あろう事か! 彼女の腹に乗っかっていた。自分は横向きで寝ていて、テレシアの仰向けの腹を抱えようとしているかのように見えた。


 完全に頭が覚醒したシリウスは慌てて上半身を起こした。その勢いでテレシアが起きるかと思ったが、彼女は一瞬だけ眉をひそめた後、再び穏やかな表情に戻って規則正しい寝息を立てはじめて安堵する。


 テレシアの寝相は良く相変わらず端に居り、シリウスのが彼女の方に寄っていた。無意識に人の温もりを探していたのだろうか。


(胸に触れていなくてよかった!)


 もし先にテレシアが起きて、自分の胸にシリウスの手があれば悲鳴を上げたかもしれない。同衾はしているけれど艶めいた雰囲気になった事すらない。触れないのが一番大事な契約事項だ。そこが崩れたら一気にテレシアはシリウスを信用しなくなるかもしれない。“事故”と信じてもらえなかったら辛い。


(殿下の言う通りだ。愛情でもなく信頼でもなく、条件だけの結びつきなんだ)


 テレシアはシリウスの人生に巻き込まれただけなのだ。それでも一生懸命ギルドの力になろうとしてくれている。

 

(ありがとう……)


 無意識にテレシアの頭を撫でる。


『昔っから髪飾りやリボンが、するりと落ちる髪質なんですよね』と言っていたけど、本当にさらさらだ。そのまま髪を梳きたい衝動に駆られたところで、自分の行動に気づいて手を引いた。


 





「それで、シリウス様に相談したら募集人数は二十人ずつ程度がいいんじゃないかと。もちろんホール的にはもう少し増やせますが、申し込み数で判断ですね」


 朝の打ち合わせで、テレシアは職員たちに報告する。


「では、まずは冒険者ギルドに通達して、冒険者の参加人数に合わせて女性を募集する方向ですね?」

 ディローニが纏める。


「冒険者と言ったら他国の人間もいると思うんです。中には訳ありで、最悪他国で犯罪者なんて事もあるんじゃないですか。大丈夫でしょうか」


 発言したのは王都郊外の農園の五男坊ベンだ。職員募集のチラシを見て来てくれた。

 家族経営の農園就業では小遣い程度しか貰えず不満があったとの事だ。次男と三男は婿に出たが、長男、四男、自分は嫁や子供と実家にいる。大家族の末っ子なので肩身が狭く、思い切って就職したのだ。この近くに格安で住めるのもギルドのおかげだと張り切っている。こういう人材のためにも、ギルドは利益を出さないといけないのだ。


 いくら王太子が『行き詰まったら私財を使うから安心して』と宣っていてもそれに甘えては駄目だ。シリウスよりテレシアの方がその意識が強い。


「冒険者ギルドは信用第一です。各国のギルドと情報を共有しています。実際、喧嘩で殺人を犯したならず者や、冒険者仲間相手に詐欺を起こしたりと、そういった者は二度と冒険者ギルドには入れません」


 ベンに答えた元銀行員のシャルルは、口コミで新ギルド設立を知って訪れてくれた。テレシアは金融業界を知らないが、三十歳をすぎた女性は冷遇され居づらくなって辞めていくそうだ。気が強いシャルルはそれでも数年は頑張った。だが若い女性職員たちに『おばさんはいつ辞めるの』と蔑まれて心が折れたと語った。


 そんな事情にテレシアは腹を立てた。女性を飾りにしている男社会の昔ながらの環境に、女性たちが追随するのが信じられない。

『自分たちだって三十歳になると職場から切られるのに!』

『さっさと結婚して辞めちゃうんですよ。私は結婚しても退職しなかったから疎まれていたんです。貴重な女子採用枠を潰しているなんて頭取から言われたら、もう働くのが嫌になりました』


 シャルルは苦笑する。彼女は気配り上手な上、計算や書類作業も的確だ。こうした元銀行員の才女を狙って職員に勧誘すればいいかもしれないとテレシアは密かに考えた。


「そうなんですね。冒険者ギルドって横繋がりが強いんですね」

 ベンは納得する。


「それでも出自不詳の人はいるでしょう。捨て子の奴隷出身とか。だから冒険者ギルド長推薦の方のみ参加にします」

 テレシアの言葉に一同は頷いた。


 冒険ギルド長は結婚活動に積極的だと聞いた。乱暴者の集団なんて偏見を払拭したいと発言したらしいから、きちんとした人物を選ぶはずだ。


「では今日もよろしくお願いします」

 ディローニ所長が締め、各自は業務へと散る。





「テレシアさん、ちょっといいですか?」

 受付窓口の男性、カルフェルグが事務室に入ってきた。

「どうかした?」


「婚活したいって女性が来てるんですけど、泣き出しちゃって」

「え!? 何があったの!?」

「それが別れた彼氏を忘れたいからって理由だったんで、相手を癒し要員にしないでくださいって言ったら泣き出しちゃって。あー、俺の対応、まずかったですかね」


「状況が分からないから何とも。いいわ、私が対応する」

 まだ対応のノウハウがないのだ。とりあえずテレシアが接客に向かった。



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