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7:王太子は色々考えている


 新聞広告の効果は抜群で、騎士団員と王宮メイドの立食パーティの写真で“結婚相談ギルド”は世間から関心を持たれた。ところが。


「どうして俺たちの結婚式の写真まで載ってるんだ!」


 シリウスが新聞をくしゃりと握り潰して叫ぶ。


(なんだ、シリウス様も知らなかったのね)


 シリウスの了承も得ていないという事は、王太子の独断だ。シリウスに文句を言う前で良かった。拍子抜けしたテレシアに対して、シリウスの方は激怒している。


「まあ……広告塔ですから、仕方ないのかも……」


 どのみち王族に苦情は言えない。眉尻を下げて笑うテレシアにシリウスが目を釣り上げる。


「新聞に載るってのは記録に残るって事だぞ! 君の再婚相手に嫌な思いをさせるだろうが!」


(え? 私の将来の心配?)

 その怒りの矛先の方がびっくりだ。


「心配いりません。没落男爵令嬢だった肩書より、むしろ箔がつきます。元アークトゥルス伯爵子息夫人ですよ?」


 本音だ。今は格差婚の若造夫婦と言われていても、これから社交界で経験を積めば周囲の目も変わってくる。男爵代理として出席した社交場で、俯瞰して貴族界を見ていた彼女は、貴族たちの変わり身の早さを知っている。

 その中で力をつけてやると決意したのは、生来の負けん気かも知れない。


 シリウスとの契約の中に“社交は最小限”と盛り込まれているのは、テレシアの負担を思い遣ってくれての事だ。


 そんな感じで彼との結婚条件は随分テレシアに優しいと思っているが、王太子にすれば「そんなの夫婦生活がないって一文だけで帳消しどころかまだ足りないよ。子ができない嫌味に晒されるのは君だけだからね?」との事だった。

 それは覚悟の上だと言えば、王太子は「シリウス! テレシア嬢は“石女”の謗りを受けるんだから、なんとしてでも守れよ!」と夫の方に苦言を呈したのだった。


「その時は俺が“種無し”と公言すれば良いのでは?」

「伯爵家嫡男がそれはいけません!」

 あっさりと自分が泥を被るつもりのシリウスにテレシアが慌てる。


「……一番の解決策は本物の夫婦になる事なんだけどね。それなら子ができなくても互いに納得できる」


 アンドールは小さく呟いたので、それが「弟が二人もいる」「後継はあなただとご家族は思ってますよ!」と言い合っている二人の耳には入らなかった。


 友人たちに“傍若無人”などと言われているアンドールも、彼らの結婚について引け目は感じている。友人兼側近のシリウスとは、学生時代から軽口を叩き合う仲だ。


 友人に結婚を考えさせる良い機会だと発破をかけてみれば、勢いで口走った“偽装結婚”を本当にするとは思わなかった。

 しかもそんな無礼な話を引き受けた相手は、苦労している可愛らしい女性だっただけに若干責任を感じた。だが二人が合意結婚した以上は彼らの責任である。アンドールにできる事は、王太子の自分が今後の彼らの選択がどうでも肯定して後ろ盾になってやるくらいだ。




「何ですか、アンドール! この記事は!!」


 登城して執務室に入って来るや否や、いきなりシリウスが王太子に詰め寄る。咄嗟に名前を呼ばれ、シリウスの怒りの形相にも拘らず『学生以来だな懐かしい』と一瞬だけ呑気な感想を抱いた。しかしそこまで怒っている友人は珍しいので何事かと身構える。


「まあ、ほら、おまえらって美男美女じゃん? おまえの一目惚れでテレシア嬢を口説き落とした事になってんだから、そこを世間に売り込まないでどうするよ。爵位を守り抜いて、弟妹のために市井で働く男爵令嬢に惚れた伯爵家の嫡男。これはテレシア嬢をおまえの実家から護る意図もあるんだ。ロマンス好きの連中が好意的な印象を抱くような書き方をしてるだろ。そこはプロの記事作成者だ。うまく煽っているよな」


「俺は最小限しかテレシアを実家と関わらせませんよ」


「“最小限”だろ。正直、おまえみたいな気の利かない男が、実家親戚の悪意から彼女を守り切れるとは思えん。世間の好意はおまえら夫婦の背中を押してくれる。忘れるな。おまえらは愛情じゃなく条件だけで結ばれているんだ。テレシア嬢がおまえを信用できなくなったら、おまえらの関係は終わる」


 王太子は断言する。帝国留学で様々な国の価値観に触れた彼の思考は多様的だ。元々の柔軟性のある性格に磨きがかかっている。


「……肝に銘じます。が、テレシアの初婚がこんなに大きく取り上げられたら、再婚の不利になるでしょう?」


 アンドールに諭されて勢いが萎んだシリウスはそれでも主張した。


「どうして? おまえの元嫁って事で逆に値打ちが上がる。おまえの心配なんか要らないよ。きっとテレシア嬢はおまえから離れても社交界を上手く泳ぐ」


 テレシアと同じような発言だ。シリウスは言葉に詰まる。


「そこまで彼女の将来が心配なら、責任を取って本物の夫婦になれよ。いい加減、初恋を引きずるのもどうかと思うぞ」


「殿下!!」


「初恋に操を立てているのか、私にはさっぱり理解できないけど、結婚している女に想いを残しているなら立派な横恋慕だ。おまえは仮にでも結婚している身なんだから、心情的な浮気になる。それを履き違えるな。おまえにテレシア嬢の将来を心配する資格はない!」


「操だの横恋慕だの、そんなんじゃありません。……ただ、彼女以上の女性がいないだけで……その気にならないだけです」


「それが未練がましいんだよ! おまえはそのまま初恋と心中でもしろ! テレシア嬢の身の振り方なら心配するな。十年後だろうが私が良縁を結んでやる!」


 ここまでアンドールが踏み込んだのは初めてである。今まで溜まっていた苛々をぶつけた感じだ。王太子の鬱憤非難をここまで浴びたシリウスは黙り込むしかなかった。








 テレシアが出勤すると、早速新王都新聞を手にした女性が興奮した顔で近寄ってきた。


「テレシアさん! 新聞読みましたよ! 見初められたのもテレシアさんが懸命に生きてきたからですよね。感動しました!」


 十八歳のイリエはこのギルドで一番若い。ディローニが採用した商家の娘で、明るく人懐っこく接客態度もいい、受付窓口担当者である。受付にはあと二人ほど二十代の男性が並ぶ。

  

 相談員は三、四十代の男女が多く、二十歳のテレシアは特別だ。なんせ会長夫人である。しかし相談員の立場から言えば皆同僚だ。


「……それって新聞社が美談に仕上げてるだけだから」

 

 脚色された記事なので、テレシアが後ろめたさに薄く笑うと「恥ずかしがる事ないですよー」とイリエには、はにかんだように受け取られた。


 初日は様子見に二、三人訪れただけだったが、今日は朝から希望者が訪れた。

「今後も騎士団員は参加しますか」「王宮メイドさんと知り合いたい」と、明らかに客寄せ要員として王太子の思惑は成功していた。


 街で普通に暮らしていて、騎士や王宮使用人たちと知り合う機会はない。見かけても声なんて掛けられないけれど、ここではもしかしたら、そうした別世界の結婚相手に巡り会うかも知れない。そんな期待を抱く男女がたくさんいた。


 各ギルド所属者もぽつぽつ現れた。


「最初は闇雲に紹介するのではなく、同職業の人を集めて、その職業の人との結婚を考える人たちを募る方がいいのではないでしょうか」


 数少ない貴族職員のチックボーン女史が提案する。元子爵令嬢の彼女は近隣の子爵家に嫁ぎ、今は寡婦である。結婚後もマナー講師をしていた彼女を勧誘したのはやはりディローニで、人脈が広い。


「二人きりで対面する方式は、参加者が慣れてからの方がいいですね」

 初老のテジャドはディローニの実家で働いていた元執事で、今でも姿勢のいいシャキシャキした男性だ。


(この二人がいるだけで場が格調高くなるわね)

 などとテレシアは思いながら「そうしましょう」と方向性を決めるのだった。



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