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6:初日を乗り切った!


 結婚相談ギルドは初日から手探り状態で忙しい。急に集団顔合わせとなった立食パーティに、会長のシリウスは顎に手を当てて「……田舎の紹介方式じゃダメなのかな」と考え込む。

 

「“自分が選ぶ”という意識があるのでしょう。選択肢が多い方がいいのです」

 シリウスの隣にいたギルド所長となったディローニが答えた。


 ディローニは平民ながら財務省の関税部門の役員だった。実家が大きな貿易商で平民教育学校高等部を優秀な成績で卒業した男である。

 そんな彼も五十代になり、そろそろ退職して妻とのんびり過ごそうとしていた矢先、「官僚辞めるなら手伝ってよ」とアンドールの一存によってギルド所長に任命された。渋る相手を口説き落とすのはお手のものな王太子の毒牙にかかり、結局引き受けてしまった、シリウスの苦労人仲間である。


 シリウスのもう一人の苦労人仲間の契約妻テレシアは、生き生きとして参加者の間を駆け回っている。


「奥様は楽しそうに動いていらっしゃいますね」


「そうですね。対人職業に向いています」


 契約結婚相手を探す伝手がなかったシリウスは、あの時ロバート・ワイセンを頼って本当に良かったと思う。


 結婚したいなんて実家に言えば、嬉々として貴族令嬢を見繕ってきただろう。なんせシリウスは優良物件である。引く手数多なのは間違いなかった。しかしお飾り妻なんて失礼な条件を持ち出せるはずもない。しかもギルド職員なんて、ぬくぬくと育てられたお嬢様になんてさせられない。


 いくらアークトゥルス伯爵家がテレシアの身分に文句をつけようが、王太子が「結婚相談ギルド職員を引き受けてくれた願ってもいない人材」と彼女を称したから、不本意な結婚を認めざるを得なかったのだ。


「奥様は男爵代理だったとか」

「ええ、妻の弟が成人するまでの繋ぎでした。今は俺がレグルスカ男爵代理も兼ねています」

「それは奥様も喜ばれたでしょう」

「はい、助かったと言っていますね」


 テレシアはまだ二十歳である。色々手続きや、やむを得ない社交場で表に出るたびに冷遇されていた。没落貴族と馬鹿にされるだけでなく、親戚の侯爵家の援助を断り、女だてらに男爵代理になっていたから風当たりが強かった。


 それが夫のシリウスに代われば、もうテレシアが非難される事もなくなった。

 ディローニはテレシアの立場が厳しいものだったと知っている。それでも堂々としていたのだから芯の強い女性だ。しかし護ってくれる男に巡り会えて良かったと思う。



 試験的な見合い集会は、元々社交的なタイプばかりなので、色々会話も弾んで楽しそうだった。宿屋や酒場で給仕をしていたテレシアもあちこちで積極的に会話に加わり、仲介に一役買っていた。


「シリウス様、ディローニ様、なんだかいい感じが二組ほど出来ています。次は二人で会ってみたいと盛り上がっていますが、どうしましょう」


「二組か。ここからは相談員たちが個別に話をしよう」


「そうですね。ではテレシアさん、四人をこちらにお呼びしてください」


 ここはただの出会いの場を提供しているのではない。結婚を前提にしているのだ。今後のサポートほど大事である。まずはお試しと考える者と正式に付き合いたい者と、意識の差はないか。相手をどれだけ把握しているか。


 事前にギルドに提出してもらった身上書を元に、相談員が双方の意見を擦り合わせると、一組はお流れとなった。実は女性側が牧場の娘で婿を希望していたのだ。騎士側がそれは無理だとなり、残念ながら次に繋がらなかった。女性は今後は騎士以外との見合い参加を希望した。


 もう一組は現時点で特に問題なく、これから真剣交際をする事になった。


「これをどうぞ」


 男性側に渡されたのは、提携レストランの半額券だ。加盟店は入り口に張り紙がしてあり券を渡すと二人の食事代が半額になる。デートは男性側が負担する根強い価値観に添っていて、男性にそっと渡されるのだ。これで高級店にも入りやすい。


 二人でギルドに進捗や相談で来るたびに、食事割引券を渡し、更に結婚となってジュエリーを女性に贈るとなれば、提携装飾店で割引購入の特典がある。このイクリール王国に限らず周辺国でも、貴金属の装飾品は貴族の求愛に欠かせないものだ。最近は頑張って真似をする平民も増えてきたから乗っかっている。


 そして下位貴族や裕福な平民層向けには、結婚相談ギルドを通して、高位貴族御用達の高級装飾店“アン”が利用できる。平民と貴族と完全に区別している業界で殻を破った破天荒なこの店が、王太子の持ち物であるのは知る人ぞ知る。他の高級店には強要せず自身の経営店だけのサービスだ。

 

 だからいくら高位貴族が嫌がろうと文句は言えない。尤もさすがの王太子もそこは配慮して、高位遺族と下位貴族・平民とで入店場所を変えて、互いに視界に入らない工夫はするように店を区切る改装まで始めた。いたずらに古い価値観に喧嘩を売る気はない強かさもあるのだ。


 ちなみに農場経営や軍用馬、競走馬の繁殖など、王太子の事業は多岐に渡る。どれも成功しているのは彼の手腕だろう。しかし元手として王家所有の鉱山の利益があったからで、一平民には無理な話である。

 これらの事業は学生時代にやり始め、彼が帝国留学中はシリウスたち側近候補が、帝国の王太子と頻繁に手紙のやり取りをしながら代理経営をしていた。


 そんな成功実績があるので、王太子発案の“結婚相談ギルド”なんて利益のなさそうな話に、各ギルドも賛同した側面もあるのだ。各ギルドで王家の名を使えて宣伝になる機会ができるとも考えたのだろう。


「王家の名を使うのはほどほどにな」とは王太子の父、国王の言葉だ。王太子だけの名を使うのは好きにしろと放任である。







「今日はお疲れ」

「シリウス様もお疲れ様でした」


 夕食会をギルド職員一同で行なって帰宅後、テレシアとシリウスは寝室でシャンパンで乾杯をしていた。


 寝室は同じ部屋にしている。同じベッドで眠るが、契約にある通り夫婦関係はない。引越し当時は男性と就寝するなんてと緊張していたテレシアも慣れた。シリウスは夫と言うより同志である。


「大々的に新王都新聞の広告に今日のパーティの様子を写真付きで載せるなんて、またお金が掛かりますね」


 テレシアが言えばシリウスは困ったような顔をした。


「新王都新聞社の取締役責任者は王弟殿下なんだ。融通してくれるんだよ」


「え? 王族の経営って……」

 ……情報操作、と言いかけてテレシアは言葉を呑む。


「社長が王弟殿下なのは極秘事項でもないからな。でも言いふらしはしないでくれ。そもそも風刺だけならともかく、王族や貴族の醜聞や不祥事を、捏造されて報道される事に腹立てた王弟殿下が立ち上げたんだよ」


「捏造……不敬罪にならないのですか」


「直接の暴言や被害じゃないとね。王弟殿下が目指したのは政治経済外交の国民への公開提示、競馬や遊技場なんかの情報。宣伝政策に利用するんじゃなく、自分の好きな物を盛り込みたい趣味みたいな物なんだとさ」

 

 アンドールに似て叔父もやりたいようにやる性格だ。現王も鷹揚だし、王家の血筋だろう。


「……道理で。競走馬の詳細コーナーとか、花の見頃とか観光地案内とか、やけに力が入っているとは思ったんですよ……」


 趣味の新聞か……テレシアは新王都新聞の見方が変わるのだった。



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