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40:最終話

なかなか進みませんでしたが、これで完結です。


 翌日ギルドに赴くと、職員たちは至って普通に接してくれたので、シリウスはほっとした。テレシアは休みの日で、自分一人だと何かと詮索されるかと思ったのだが、業務に差し支えなければ、私事に関与しない職員教育が行き届いていて喜ばしい。


 シリウスが久しぶりに事業報告書の精査をしていると、「こんにちはー」と元気な女性の声が事務室にも聞こえていた。


「ああ、フリジャミルさんが来られましたね」

 所長が反応する。


「うちのエントランスで美容品を委託販売している会員の女性だな。いつも元気な女性だな」

 

 庶民用に安価な化粧水や洗髪剤、アロマやポプリ、香水などをギルドのエントランスの壁棚に並べて売っているのだ。婚活をする人々は身だしなみも気をつける。ただ会員たちと話をしていると、美容品専門店は高級な商品もあって富裕層が訪れる事も多く、入店するのは気後れすると言う声がちらほら聞こえてきた。


 そこで、ギルド側から、実家の仕立て屋店舗の一角にてひっそりと自作した製品を縁故販売しているネネカ・フリジャミルに、『ギルドに卸して欲しい』と声を掛けたのが始まりである。


 彼女が自身の貯めていた売り上げの収入で結婚相談ギルドに登録したのは、『兄が結婚してお嫁さんが家に入るからおまえもさっさと片付け』と親に言われたからである。自宅は似非誘拐婚が流行っている地域で、その流れに乗せられそうだったネネカは『自分で相手を選びます。私が誰を選ぼうと干渉しないで』とギルド利用を宣言した。近所の男性に拐われるのを拒否した、なかなかに芯のある女性だ。


「そう言えばもうすぐここで結婚式をするんじゃなかったかな」


「ええ、すぐにぴったりのお相手が見つかってよかったです」


 彼女の相手は薬草などを育てている大人しい青年だ。薬師の息子に生まれたものの、女性しか跡を継げない故、調合をしたところで“薬師”は名乗れない。護衛を雇って薬草採取に行く母や姉、叔母たちの負担を軽くしたいと、少年の頃から希少な薬草や薬樹の生育に力を注いで、今は薬農園にまで大きくした。


 貴重な薬草や果実や樹皮などを、直接医療ギルドに売っているのだが、冒険者ギルドに所属していないので仲介がない分実入りがいい。そこそこ自立できてきた彼はようやく伴侶探しを考えたものの、いかんせん彼の周囲には妙齢の未婚女性がいなかった。

 そこで今話題の結婚相談所を利用する事にした。しかし元々気弱な青年は女性と何を話していいか分からず、なかなか苦戦していた。そんなオルクス・アナンケーの薬農園に興味を持った、新会員の二歳年上のネネカが積極的に絡んでするすると結婚が決まった。


『何? このお宝の山! 今まで冒険者ギルドで見栄えのしない薬草を安く買っていたの。ねえ、ここの薬草とか材料にしてもっと質のいい化粧品や石鹸を作ってみたいわ!』


 オルクスがネネカに強請られて仕事場に案内すれば、彼女は物凄く興奮して彼に迫る。


『今より豊かになる生活を保障するわ! 損はさせないから私と結婚しましょうよ!』

 男前な逆プロポーズだった。


 そんな形の縁談も、姐御肌のネネカと温和で物静かなオルクスは、存外相性が良かったようだ。ネネカ主導の結婚式の希望にもオルクスは文句を言わずにこにこしていた。



「それでですね。シリウス様、実は彼らは記念すべき百組目の成婚カップルだと知っていましたか?」

 所長の話に、ふとシリウスは考えた。

「最近になって増えてきたなとは感じていたが。そんなに纏まったのか」


 シリウスは感慨深い。王太子の無茶振りを受けて各種ギルドと調整を図り、なんとか形に出来た結婚相談ギルド。果たして需要があるのかと不安を抱えて婚活市場に乗り出した当初は手探り状態で、なかなか成果に結び付かなかったものだ。




 帰宅したシリウスは「今日フリジャミルさんが来たよ」とテレシアに話すと、彼女は「あ、結婚式の打ち合わせ日だったんですよね」と事情を知っていた。


「相変わらずアケンナーさんは静かでしたか?」

「ああ、口を挟むでもなく、フリジャミルさんをずっと笑顔で見ていたな」


「今後はああいう優しい穏やかな男性が増えていくんでしょうかね」


「“自分らしく”生きられるのが世間に認められるなら、変わるかもしれない」


 女性を虐げる事で自身の気弱さを隠す男もいる。()()()でないと世間に認められないからだ。だが、()()とは何だ? 立場の弱い女子供を支配するのが強き者なのか? いつからそんな価値観になったのか。


 建国時の男女は協力しあって、土地を開墾し物を作り生きてきた。生活に今ほどあからさまな性差別はなかったはずだ。古い人名録書には女性の猟師や兵士もはっきり記されている。家父長制が確立してからだろう、圧倒的に男性が力を持ったのは。法で撤廃しても世間体的に根強い。


「フリジャミルさんとアケンナーさん夫婦は、昔ながらの考えの方たちから反感を買いそうですよね」

 夫の手を引っ張り先導する妻の姿が容易に想像できる。しかしネネカは周囲の悪意なんか跳ね除けるだろう。


「平民には〈嫁の尻に敷かれる〉って言葉があるし、女性の立場が強い婚姻関係もそう珍しくないんじゃないかな」


「そうかもですね。私がいっとき勤めていた酒場のご夫婦なんかは奥様がよくご主人を叱っていたし」


 酒場では『浮気がバレて殴られた』『博打で家を追い出された』なんて愚痴を吐く男性たちもいた。結局夫婦関係とはご家庭事情なんだろうとテレシアは考えた。自分たちだって世間に見せる夫婦を演じていたのだから理解はある。



『薬師家系生まれで、家の為に原料を育てるオルクスさんが軟弱者と蔑まれているのが納得できません。家族を守る手段は人それぞれでしょう』


『確かに主に家族を護衛する目的で冒険者になる人もいますけど、誰もが冒険者の適性があるわけじゃありませんしね』


『そうなんですよ、テレシア様! オルクスさんは植物をよく勉強していて凄いんです! 学校へ通えていたら植物学者になったかも! 剣を持って荒地を往く姿なんて想像できません』


 目を輝かせて惚気るネネカの姿にテレシアは温かい気持ちになった。打算だけの求婚ではなく、ネネカはちゃんとオルクスを好いているのだ。






 そしてオルクス・アケンナーとネネカ・フリジャミルの結婚式当日。


 ギルド内に作られた結婚宣誓所で婚姻届を提出した二人が食事会場にと移動する。会場はあまり華美ではない仕様だが、見慣れない花々をふんだんに使って珍しさを演出していた。新郎が育てている樹花や薬草の花である。普段見る事のない花や実は人目を引いた。


 二人が参加者に礼を述べ、食事会が始まろうとした時、


「おめでとう!! 記念すべき当ギルド百組目の成婚に祝福を!!」


 満を持して会場に現れたのは王太子殿下だった。シリウスはアンドールの登場には警備の問題で反対したのだが、彼は「節目に立ち会いたい!」と我を通したのだった。


 当然会場は騒然となる。参加者が王太子に押しかけないように警護の者が警戒する。集団の過度な興奮は意図しない騒動を生む場合もあるからだ。


 王太子殿下が平民の結婚式で新郎新婦の門出を祝うなんて有り得ない。こんな近くで天上人を拝見できる機会など無いのに、美形の王太子登場に会場の気分も最高潮である。これは参加者たちの思い出に刻まれただろう。


「私からの祝いだ!」


 昔から子孫繁栄を願う縁起物である小さな犬の置物だ。胴体にアンドールの名が刻まれたそれは金で作られている。ガラスケースに入ったそれを王太子から直接受け取ったオルクスは、青い顔で今にも倒れそうだ。ネネカは感動のあまり泣き出していた。


 会場の状況をテレシアは“感動の坩堝”と捉えたけれど、シリウスの目には“阿鼻叫喚”に映った。


(王太子妃殿下の同行を王妃殿下が止めてくださって本当に良かった!)

 

 心の中でシリウスは王妃に感謝する。


 今、王家で最も人気のある二人だ。王妃が『公務ではないし警備が大変』と王太子だけの不意打ち企画にも難色を示すのは当然だった。



 翌日、新王都新聞に大きく〈結婚相談ギルドの実績! ギルド創設者王太子殿下が祝福へ!〉と書かれ、新夫婦とアンドールが対面している写真がデカデカと載った。


「アケンナー夫妻、しばらく時の人ね……」

「……目立ちたくないオルクスさんは大丈夫かな」


 シリウスとテレシアは予想通りの新聞に苦笑したのである。



「でもこれはすごい宣伝効果だぞ」


「ギルドに入会したら、設立者の王太子に会えるかもしれないって思う人たちもいそうです」


「うーん……。冷やかしもしばらくは仕方ないかな。賑やかしになると甘んじよう。だがその分、会員の審査は慎重に、だな。」


「そうですね! これからがんばりますよ!」



 アークトゥルス次期伯爵夫妻は楽しそうに朝食を摂りながら笑い合い、気合を入れたのだった。今日もまた充実した一日が待っている。






お付き合い、有難うございました。

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