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35:夫婦でデート、再び


 車に乗せられたテレシアが連れて行かれた先は自邸だった。


 夫婦揃っての早々とした帰宅に使用人たちは驚いている。だが血相を変えて出ていったシリウスが、穏やかな表情で妻を連れ帰ったので、何かしらの問題が解決したのだと悟り、落ち着いて主人の指示を待つ。


「すぐに出ていくから放っておいて仕事をしてくれ。夕食は少し豪華に頼む」


 シリウスはテレシアの手を握ったまま足早に私室に向かいながら、ヴァハムに言った。どうやらまた外出するようだ。一旦帰宅した理由が分からないけれど、手を引かれたままのテレシアは黙って夫に着いて行く。


 私室に向かったシリウスはテレシアの目の前でキャビネットを開けた。ごそごそと、中から取り出したのは保護用紙に挟まれている書類だった。


 王城でシリウスが千切り散らした物と同じ__契約結婚に関する誓約書である。

 

「俺側の書類も破棄する」


 重ねてビリリと半分に裂いたのち手を止め、何を思ったか「あ、こっちは君が破る?」とテレシアに尋ねた。


「え? どうしてですか?」

 意味が分からない。


「誓約書を千切った時、高揚したんだよね。これで愚策から解放されるって」


 同じ経験をしてもらおうとの気配りだろうか。夫のこの思考は理解し難い。


「……いえ、いいです」

 千切ってぶち撒いても気分が高まる気はしない。


 どちらかと言えば書類を破ってゴミ箱に破棄するより、燃やしてしまう方が証拠隠滅的な意味では安心する。決してこの契約結婚誓約書に関してではない、一般的な物に対する考えだが。


「はあ、スッキリした」


 机上に書類をこれでもかと細かく千切り倒し、満足そうに紙片を見下ろしているシリウスに「……それはよかったです」と、テレシアは若干引き気味だ。夫が納得しているのならいいのだろうと、自身に心の中で言い聞かせながら。


 

 それから再び自動車でギルドに向かう。

 態度が荒れていたシリウスが通常に戻っていたため、職員達も安堵した様子だった。何があったのか、敢えて触れないようにしていたのは、さすが接客業務員たちと言ったところだろう。

 ここでも心配を掛けたんだなと汲み取ったテレシアの申し訳なさそうな顔に、職員たちは“大丈夫ですよ!”と目で訴えてくれて、余計恐縮した。


「最近の調子はどうだ」

 

 そんな空気の原因のシリウスは周囲の気遣いには気が付かないようで、しばらく国を離れていた間の業務内容に言及する。ギルド内の空気は一気に仕事モードに切り替わった。


「利用してみたいけれど、実態が分からなくて不安だという方たちのための、一回だけ参加の安価サービスを始めました」


 所長の話にシリウスは頷く。シリウスが出国前に承認していた案だ。それが既に形になったらしい。国の会議と違って、個人裁量の事業は決定後の実行が早いのがいいところである。


「結果書類を借りていいか? 自宅で読む。今日はこれから二人で出掛けて、そのまま家に帰る」

 

 シリウスの言葉に「それの控えなら家にあります。参加者の名前は明記していない物ですが」とテレシアが応じた。


「それでいい。……しかし、君は家に仕事を持ち込みすぎじゃないか? ちゃんと休んでくれ」

 テレシアはよく就寝前に、事業内容を考察したり草案を纏めたりしている。


「休んでますよ。シリウス様の方が忙しいじゃないですか。家の事や妹たちの面倒はメイドさんやフットマンさんがやってくれるから暇なんです」


 本来イクリール国の恵まれた貴族夫人は“暇”などと感じる時間はない。自分自身の容姿磨きに費やすし、商人を招いての買い物や観劇やパトロン活動、茶会に夜会にと忙しい。夫は妻が社交界で認められるなら、贅沢を許すくらいが甲斐性なのである。


 

 ギルドをあとにした自動車は郊外の湖畔へと走る。そこにある高級レストランへと向かうのだ。


 蒸気自動車を運転するシリウスとその隣に座するテレシア。純粋に二人きりである。馬車だと御者も居て護衛の従者も馬で並走する。だから車での移動は無用心とも言われる。ただ車の方が馬車より頑丈なのは事実だし、馬上から狙われた場合の対処法も準備しているのがシリウスだ。操縦席の横に、敵に投げつける煙幕弾や馬の足止めをするための棘のあるイガ実をいくつも常備している。

 なお王太子は『生ぬるくない? それ』と手榴弾を渡そうとして、『殺傷能力が高すぎる! 無関係な人が巻き込まれる危険があるでしょう!』とシリウスにキレられた過去がある。


 ぽつぽつと会話をしながら着いたレストランは、大きなガラス張り窓のある白い美しい建物で湖との間には小さな花々が群生していた。まるで桃色の絨毯である。


「わあ! 綺麗ですねえ!」


 初めて訪れたテレシアはうわさ以上の景観に思わず感嘆の声を上げる。

 ここは富裕層がプロポーズする場所として人気なのだ。高級料理を堪能したあと、美しい青い湖のほとりで気分は最高潮だ。一番人気なのは夜である。レストランから湖へと続く足元灯が行く先を導き照らし、夜空と湖面に浮かぶ月が二人を見守る。そこで異国の騎士のように男性が跪いて女性に求婚するのだ。

 

 __何を隠そう、流行の火付け役は結婚相談ギルドである。


 女性職員陣が考えた、思い出に残るシチュエーションだ。

 物語の中でしか存在しないロマンティックな求婚。結婚後も大事にしたい、されたい……対等な夫婦関係を示唆する。この国の男性が女性に(こいねが)う時代はほぼ無かったから、これは男性側が自尊心やら羞恥心やらを捨てなければ、なかなか行動には移せない。男性職員たちは『そんな恥ずかしい真似は男からしたら屈辱では』と消極的な意見が主流だった。しかし恋愛小説や大衆向け恋愛劇の普及で若者は抵抗がなかったようで、じわじわと広まった。


 更にギルドの戦略で、プロポーズには貴金属を添えるのが定番になりつつある。これは業務提携のレストランや宝飾店の利用割引が効いている。


『騎士とお姫様みたい』と令嬢が喜ぶので、若い貴族が大衆向けに作られた流行に乗っかるのも想定内だった。


(そう言えばシリウス様も跪いてくれたわね)

 再プロポーズ時の彼は、容姿がいいだけにとてもサマになっていた。とても自然で、あれは計算された行動ではなかったと思う。求婚の演出に然程興味のないテレシアでさえ思い出せば頬が緩む。


(好きな相手だから、ときめくのね)

 女性がプロポーズ待ちしていたのなら、感動して泣き出すのも理解できる。


 日中だからか、そのような二人組は見当たらなかったので、シリウスとテレシアは食事を終えると湖の周りを散策する。指を絡めて手を繋ぎ、ゆったり歩く姿は初々しい恋人同士のようだった。

 ルーシェがその様子を見れば、はしゃいだ事だろう。



 遅めの昼食を終えたシリウスたちは帰宅した。あとはゆったりとした時間を過ごすだけだ。しかしギルドの動向も気になる。結果、二人はシリウスの私室で、一回限定見合いの資料を手に議論を始める。実に色気のない事だ。


「……明らかに冷やかしの方達が参加していました」


「それは仕方ないな。想定内だっただろ?」


「でもナンパしたり下品な冗談で皆の顰蹙を買ったり、目に余る行動が目立つ人がいましたわ。結婚相談ギルドは王太子殿下の政策の一環なのに。品格が問われます」


「うーん、殿下の品格、ねえ……」

「シリウス様?」

 夫がしみじみと言葉を噛み締めているのをテレシアは訝しく思う。


「まあ、品格はともかく、新しい時代の王家の象徴ではあるな」


「……褒めているんですよね? それ」


「もちろん。殿下はいい国王になるだろう」


(何気に上から目線!)

 でもアンドール本人に直接言っても『そうだろうそうだろう!』と得意気に笑い飛ばしそうな気はする。


 シリウスは顎に手を添えて報告書を読みながら、「結局宣伝のための特別企画だからな。あと二、三回くらいでやめよう」と方向性を決めた。

 気楽なお試し参加だ。申し込み順が優先される。申請時で参加者の資質を見抜いての選別は難しいし、偏見での足切りもしたくない。


「次回から、不適切者は殿下の名に於いて追い出して出禁にする。参加費もきっちり返してお帰りいただく」

「分かりました」

 さすがに王太子殿下の名を出せば文句も出ないだろう。

 

 仕事絡みの話がひと段落つくと、テレシアはジョーイからの手紙を見せたり、妹たちの最近の話をしながら二人は過ごしていた。



 そんな穏やかな時間の中、

「シリウス様」と、ノック音の後に声がかけられた。


「入れ」


 主人の許可にヴァハムが「ご歓談中失礼します」と部屋に入り、「至急のご連絡だそうです」とシリウスに封筒を渡した。

 受け取ったシリウスは眉をひそめる。アークトゥルス家からだった。何の急用だと訝しがりつつ封を開けたシリウスは、短い手紙を読んで唇を噛む。


「シリウス様……?」


 不安そうな顔で問うテレシアに、顔を上げたシリウスは「ごめん、多分面倒事だ」と詫びた。


「クルハ侯爵から、うちの実家を訪れるとの先触れがあったそうだ。次期伯爵として俺も顔を出せだと」




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