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29:ダメージは受けませんよ


 シリウスがアンドールの外遊に付き添って不在になり二ヶ月は経つ。なんせマーシャワ王国の王都へは往復だけで二十八日はかかるのだから、まだまだ帰国までに時間はかかるだろう。移動時間に苛立って絶対王太子は「早く大陸鉄道を!」と喚いているに違いない。



「アンドール様がいないと退屈だわ」

 ルーシェの愚痴は王太子夫妻の仲睦まじさを惚気ているだけと受け取られて、周囲は生温かい笑みを浮かべて彼女に微笑む。


「そう言や展望台での見合いパーティをやったのでしょう? どうだった?」

 不意に思い出したルーシェがテレシアに話を振る。


「ええ、なんだかピクニックみたいで楽しかったようです。みんなで歌を歌ったり」

「あの展望台で!? 貸切できる場所ではないわ。無関係の人たちも居たでしょうに、悪目立ちしたのでは? お見合いにならなかったのではなくって?」

 疑問に思ってルーシェが尋ねると、「今回はちょっと訳あり企画だったのです」とテレシアは説明する。


 今回は地方から出てきて異性と上手く話せない人たちを対象にした、少人数の交流で慣れてもらおうと安価で企画したものだ。


 同行の職員が仕切って、口下手で人見知りな者たちの仲介をして盛り上げる計画だった。嬉しい誤算として、滑り込み参加したライミィが『展望台は初めてですが素敵なところですね』『とても楽しいです』『あなたのお里はどこですか』などと、男女関係なく話しかけてくれたお陰で、参加者たちの気負いも減った事だ。

 

 ライミィの人生は、実家と嫁入り先で使われていたため、狭い交友関係しかなかった。歳の近い人たちと触れ合うのが新鮮だったようで、見合い目的だと忘れていたのではないだろうか。


『漁師町に住んでたけど旦那に捨てられました。今は王都の商家のお世話になってます』と、離縁された身だと普通に皆に明かしていた。ギルドに初めてきた時の卑屈さが薄まりつつあったのは、職員の歓迎するところである。


「へえ……。色々な人がいるのね……」


 ルーシェは軍役経験もあり民間兵士とは関わりがあった。しかし普通の平民女性とは知り合う機会すら無かった。家事をして子供を育て、商売人や農民なら夫婦で働く。そんな普遍的な平民女性像は知識としてあるだけだ。


「一人一人に人生があります。人と接すれば接するほど、平民にも貴族にもそれぞれ物語があるのだと実感します」

「そうね。肝に銘じておくわ」

 

 ルーシェの幼なげな顔がきりりと引き締まる。次期王妃としての気合が入ったのだ。


 王太子妃の付き添いから下がり帰宅時間になる。テレシアは図書庫で借りていた本を返すため、図書庫のある東棟の回廊を歩いていると前方から華やかな集団がやってきた。ウルブロール侯爵子息夫人の取り巻きの侯爵令嬢を筆頭にした五人の女性たちだ。


(うっわー、間が悪いわぁ)


 テレシアはすっと端に寄り、頭を下げて立ち止まり、彼女たちとすれ違おうとした。


「あら、未だにシリウス様に未練がましく縋っていらっしゃるテレシア夫人。ごきげんよう」

「資産分けで、ごねているのではなくって?」

「いつまでお二人の邪魔をするつもりなのかしら」

「身の程知らずだから厚顔なのよ」


 わざわざ立ち止まり、下手に煽る侯爵令嬢たち。いつの間にシャウラシーナは派閥に入ったのだろうか。


(いえ、エルベル様がシャウラシーナ様側に、取り込まれたのかもしれないわね)


 どちらにしろ本格的な離婚話は進んでいないのだから口を閉じるのが正解である。それにしても、シャウラシーナ本人からは“別れろ”なんて言われた事がないのに、周囲が煩いのは辟易する。


「やっとアンドール様が帰ってくるわ!!」


「よかったですわね、ルーシェ様」とコンパニオンの侯爵夫人が微笑み、「テレシア様も明日は休んでご主人をお迎えすればどうですか」と伯爵令嬢が気を回してくれる。


「いえ、そこまでは……」


 テレシアは固辞した。他の補佐役と比べて王太子妃についている時間が短い。本業はギルド役員だからと問題視されないけれど、やはり負い目がある。

「テレシアは明日は来なくていいわ。シリウスも慰労して帰ってくるはずよ。彼を温かく迎えてあげて」

 ルーシェが決定した。


 そうしてテレシアが城をあとにし、馬車乗り場で馬車を待っていると「アークトゥルス伯爵子息夫人」と声を掛けられた。

 テレシアが振り向けば、可憐な女性が二人の令嬢と二人の令息を連れて佇んでいた。今一番会いたくない女性であった。一際目を引くその女性を中心に、貴族四人と従者に護衛の騎士が周りを固めている。まるで盤上遊戯の布陣だ。


「クルハ侯爵令嬢……」

 初めて話しかけられた事に驚いて内心慌てたが、すぐに「お久しぶりです」と取り繕う。


「明日、シリウスが帰ってくるそうね」

 いきなり、夫の話か……。


「ええ、王太子殿下が恙無く行程を終えたそうで一安心です」


 シャウラシーナの“シリウス”への言及に対し、テレシアは“王太子殿下”を引き合いに出した。まずは王族の安否を気遣うのが筋だと思ったからである。


 そこまでは読み取らなかったのか、シャウラシーナは「そう」と儀礼的に返しただけで、「テレシアさんとお呼びしても?」と尋ねてきた。


「は、はい」


「アークトゥルス伯爵子息夫人なんて呼びにくいですものね」

「もうその肩書きも外れるのではないかしら」

 二人の令嬢がくすくすと笑い合う。


「テレシアさん、明日、シリウスは今日は家に帰らないから、ごめんなさいね」


 眉尻を下げて気の毒そうな顔をするシャウラシーナに苛立ち、「どういう意味でしょうか?」とテレシアは毅然と問う。


「王城前で解散だと王太子妃殿下から聞いておりますが」

「……ああ、……その後の話よ」

 シャウラシーナは思わせ振りな言葉を口にするだけ。


「我々はシリウスと親しい間柄なんですよ。久しぶりにクルハ侯爵家の別邸で会うので、一応()()奥様にご挨拶をしておきますね」

 流行の最先端の服装をした洒落男が、大袈裟な身振りで頭を下げる。


(あんたはどこの劇場の役者よ。そもそもそれが挨拶ですって?)

 慇懃無礼な男に心の中で悪態をつく。


「いろいろとシリウスの相談にも乗ってやるつもりなので」


 もう一人の令息は、見下した口調でニヤニヤとしている。挑発のつもりだろうが、これのどこに傷つけと言うのか。……幼稚すぎる。


 ようやく「おやめなさい」とシャウラシーナが、取り巻きたちをおっとり口調で咎めた。


「そうですか。主人をお願いしますね。では私はこれで」


 満面の笑みを見せてやる。テレシアが落ち込んだり嫌な顔をすると思っていたのだろうか。連中はぽかんと間抜けな顔をしてテレシアを見送った。


(未婚の令息令嬢はまだしも、シャウラシーナさん、あなたは元公爵子息夫人としてその顔は駄目でしょう。最後まで気の毒そうな顔を取り繕わないと)


 初めて彼女と話し、テレシアの中のシャウラシーナの人物像が崩れた。

 隣国の次期公爵夫人としては未熟すぎる。あれでは愛妾に子供が出来たからという事だけが離婚理由ではない気がしてきた。

 テレシアはイクリールの“元社交界の華”に幻滅する。たおやかで優雅で上品。それらの評価は自分を悪者にしないからだ。自分は人を非難せず発言には取り巻きを使う。実に分かりやすいではないか。しかしイクリール貴族女性とすればかなり成功している。どうせ社交界はシャウラシーナの外側しか見ないのだから。


(シリウス様の初恋相手には勝てないわ。私が妻に選ばれたのは共に働ける条件に合致して、離婚しても煩く言う親戚縁者もいないからよ)


 馬車の中でテレシアは溜息をつく。


(仕方ない……。私は本来シリウス様の好みのタイプじゃないのよね。見た目も性格も)




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