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28:侯爵令嬢に関する考察

 

 王太子の補佐官であるシリウスは、よく王太子に連れ回されている。


 気の置けない友人であるのは周知の事実で、大きな会議や行事は大抵シリウスが側にいるわけだが、公私混同などとは言われない。

 むしろアンドールへの意見は容赦ないから、『よく言ってくれた!』と感謝する者も多数。


『これはいいぞ! すぐ取引だ!』

『待ちなさい! この暴走王子!』

『思い立った時がチャンスだぞ!』

『一旦落ち着きましょう、で・ん・か』

『……む、むう』


 こんな会話も日常茶飯事だ。シリウスは王太子の突発行動のストッパー役として外遊にはほぼ同行している。

 今回は隣国のひとつ、マーシャワ王国の戴冠式に次期国王のアンドールが招かれたため、当然の如くシリウスの同行が決められた。マーシャワは織物産業が盛んで、アンドールは新しく作られた生地に興味を示し、ちゃっかりと戴冠式の前後に視察を組み込んだ。尤も調整するのはマーシャワ在住の大使及び商人である。いつも頑張ってくれる同郷の士には苦労をかけるなと、シリウスは頭が下がる思いである。

 

 虹色の光沢のがあり手触りのいいという、新素材の布を王太子が買い付けるのは間違いない。長期購入を考えるなら即行決断はまずい。まず他国との交易や相場を調べ、不利にならないようにしなければ。取り敢えず話を国に持ち帰らせるのがシリウスの役目だ。


「いいのか、シリウス。今、家を離れて。おまえを同行から外すことも出来るぞ」


 珍しくアンドールが真剣な顔をしている。


「どういう意味ですか? 何も問題は……」


「そうなのか? 最近テレシアが元気ないと、ルーシェも心配しているんだが」


 確かに家での会話は業務連絡のようだ。ギルドに行っても誰もが“問題なく運営できている”と言い、テレシアが仕事に悩んでいるふうはない。彼女に心の壁を作られている気はするけれど、シリウスがそれに踏み込む事はない。


 __まだクルハ侯爵令嬢の事が気にかかるのか?


 ぎくしゃくするテレシアに何度シリウスが問いたかったか。


 だが一度きっぱりとシャウラシーナとの仲は否定している。更に言及すれば『嫉妬しているのか?』と言っているとも受け取られかねない。妻とはそんな関係ではない。だから言えない。

 

「……おまえの不在中に、クルハ侯爵令嬢がテレシアに何か仕掛けるかもしれないぞ。ルーシェも目を光らせておくとは言っていたが」

 

「誘いは断っていますし、そこまで自分に執着する事はないと思いますが」



 結婚相談ギルドの車をシリウスが所有していると知ったシャウラシーナが、乗せて欲しいと言ってきた。ギルドの自動車は二人乗り仕様なので当然断る。


『妙齢の未婚女性を乗せるのは非常識です』


 そう諭すとシャウラシーナは驚いた顔をした。ボメタイン王国では、婚約者や配偶者以外の男女二人きりで行動しても別に問題なかったのだろうか。


 そもそもいくら休憩時間とは言え、騎士や側近、侍女たちが控える王太子の歓談室にやって来て、シリウスにそんな頼み事をするのはおかしい。アポ無し訪問は本来許されないとアンドールがその行動を咎めて以来、シャウラシーナが王太子の公務室に現れる事はなくなった。しかも用件があるのは王太子でなく側近なのだ。いつまでも王家に融通の利いていた隣国の公爵子息夫人だった頃のつもりでは困る。


『私も驚いたよ。おまえを落とそうと、なりふり構っていない気がする』


『大袈裟ですよ。私は結婚しているのですし』


 アンドールは元々シャウラシーナを悪く見過ぎだとシリウスは思う。彼女は王太子妃を目指して、叶わなかったから他国の公爵家に嫁いだ。既婚の身分の低い伯爵家子息など、今更眼中にないだろう。


『略奪愛とかの劇は人気だからねえ』

『相変わらず綺麗だけどな。昔ほどの清楚さは感じられないよな』


 気心の知れた側近連中も無責任に語る。


『おまえに断られるとは思わなかったのだろうさ。いつまでも自分を尊崇している取り巻きの男のイメージが残っているのかもな』


 アンドールは辛辣だ。……取り巻き、だって? そうか、自分の立ち位置はそうだったのか。周りを囲んでいた男たちの中で、一番シャウラシーナに頼られていた。

 笑顔でありがとうと礼を言われるのが嬉しくて、頑張って出来るだけ彼女の要望は叶えていたと思う。


 友人贔屓のアンドールの目から見れば、それなりの身分で見目よいシリウスをシャウラシーナは気に入っていたのは間違いないけれど、彼が装飾品扱いされているようで気分は良くなかった。


 シャウラシーナに自分から近づかないシリウスも、彼女から寄ってくれば拒まない。身分が上の令嬢だから無下にできないのだろうと周囲が思っていたくらい、シリウスは自分の想いを抑えていた。しかし彼の気持ちには関係なく、シャウラシーナはシリウスに近づこうとする令嬢を巧妙に排除していっていた。


 シャウラシーナがいない時は、優良青年のシリウスは女性に囲まれていたが、結局シャウラシーナ以上に身分の高い未婚女性はほとんどいないため、大抵の令嬢はあからさまにシリウスに好意を伝える事はなかった。


 なんせアークトゥルス家に婚約の打診をしても全て断っていたから、令嬢たちの間では“シリウスはシャウラシーナに結婚を申し込む算段をしているのだ”とうわさになっていたのを、当の本人が知らないのが笑える。


 成人したての侯爵令嬢側からシリウスに縁談が来た時は、“角が立たずに断るにはどうすればいいか”と、王太子含む友人たちに相談した。


『正直に今は結婚する気がないと言うしかない』との友人たちの言葉に従って、丁寧に断るくらいシリウスは生来、生真面目である。


(……それが離婚する気のない契約結婚とはねえ。真面目が斜め上すぎる。一生ものを納得していたテレシアもテレシアだが。時間をかければ、そのうち“契約”が外れるんじゃないかと思ったんだがねえ。ここにきて不穏因子の登場とはね)


 王太子の心、側近知らず。


 アンドールはシャウラシーナそのものの性質は嫌いではない。周りが彼女の要望に応えている様子は、策士と言うには拙い。だがシリウスが“国母は彼女しかいない”と考えたくらい、イクリールの淑女として完成していたから、従来の次期王妃には相応しかったのだ。


(もし私が彼女を選んでいたら、シリウスは王太子妃への恋心を秘めたまま仕えてくれたのだろうな。……うわあ、嫌すぎる)


 そして王太子妃のシャウラシーナはシリウスの気持ちを知りながら、上手く彼を使うのだろう。安易に想像できるその点のみで、シャウラシーナへの好意は無い。



「……テレシアに? そんな嫌がらせをクルハ侯爵令嬢がするはずありません」


「言い切るねえ。だけどなシリウス。おまえと令嬢を応援する層が一定数いると知っているのか? その連中が勝手に動く事も想定できる」

 言ったのは学生時代からの友人。アンドール同様、シリウスとシャウラシーナの付き合い方を見てきた一人だ。


「まさか……」

 シリウスにしてみれば、シャウラシーナは悪意のない女性だ。王太子が言う“隣国の公爵家と我が国の伯爵家を天秤にかけた”なんて打算は、貴族女性として当然である。他国の高位貴族と張り合う気など、シリウスにはなかったわけだし。


「もういいよ。こいつにとって彼女はいつまでも深層の令嬢なんだ。初恋って厄介だよねえ」


「そんなわけないでしょう。公爵夫人だった方だ。立派な貴婦人じゃないですか」


 アンドールに反論してもシリウスを除く一同は、顔を見合わせて苦笑いするだけだった。



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