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27:彼女は未来の私の姿


 その日、結婚相談ギルドに現れたのは、離婚経験のある二十二歳の女性だった。漁師町出身のライミィというその女性は字が書けないとの事で、カルフェルグが聞き取りをしながら身上書の欄を埋めていた。


「では元ご主人は昔の恋人と浮気をしていたのですね」


 離婚理由は自己申告になるけれど、捨てられたと恥じる愚直そうな彼女は問われるままに話していた。


「……嫁いびりで身体を壊して離婚された昔の恋人に会った旦那が、彼女と結婚するから離婚してくれと」

 ずっと元恋人に未練があった夫は、妻を棄てるのに罪悪感もなかったらしい。


「それですぐに離婚を受け入れたのですか?」


「だって、旦那が離婚ばしたいなんら、仕方ねえです!」


 興奮して訛りが出たライミィに、カルフェルグは穏やかに笑い、「そういうのがまだまだ多いですよね」と優しく同意する。

 経験を積んだカルフェルグは、感情的になる相手に同調する事を学んだ。相手が人格否定されたと受け取らないよう注意を払う。


 夫側の一方的な離婚理由は最近の風潮で批判される事も増えた。だから無一文で放り出すなんて、昔のような理不尽が罷り通らなくなったのが救いか。古い価値観のままのライミィみたいな女性は『お金をくれたのだから有難い』と思うのだ。


 詫び金をもらって離婚して実家に帰ったが、親は近所に住む五十代の親戚の男やもめの身の回りの世話をするため嫁げと言う。あんまりだと思ったライミィは実家を飛び出し、王都の商店で住み込みで子守と家事手伝いをしている。王都に出て来たものの、広場のベンチで座り込んで途方に暮れていた彼女に声を掛けた商家の妻が、事情を聞き気の毒がって連れ帰ってくれたのだ。


「……奥様の子供を見てたんら、自分の子供が欲しくなって……」


「なるほど、それで再婚をご希望ですね。奥様はご存知ですか」


 ライミィは首を横に振る。

「相談したらお得意さんとか紹介されそうで。そしたんら断れねえです。前は網元さんの紹介で、顔も知らない隣町の漁師との結婚が決めらんれて。旦那が恋人に振られて、やけっぱちであたしと結婚したなんて、捨てられるまで知らなんだです」


「ああ、次こそはご自分で選びたいのですね」

「……気に入られて結婚してえです」


 

 受付カウンターの後ろでスケジュール表の確認をしていたテレシアは、ライミィの話が他人事じゃないと、ずっと聞き耳を立てていた。


(平民でも似たような話はあるのね……)


 農業や漁業に従事する中でも貧しい家は、跡継ぎ長男の手伝いをするために、弟や妹は一生結婚しないで実家で働かされる事もあると言う。網元の伝手で嫁に出されたのならそこまでの貧困層ではない。それでも一方的に離婚され、次は親戚の歳の離れた男の世話をしろと嫁がされる。普通はそのまま言いなりになってしまうが、反抗してよく家出してきたものだ。


(シャウラシーナ様も同じような目に遭ったのかしら)


 テレシアはライミィの元夫の元恋人の立場を思う。家同士で決めて結婚させられたのかもしれない。


 シャウラシーナはイクリール王国の侯爵令嬢だが、相手は隣国の王家に連なる公爵家の嫡男。ボメタイン王家が話を持ってきたら、クルハ侯爵家は断れないではないか。


(確かに伯爵家では太刀打ちできないわ……。引き裂かれた悲恋ね)


 テレシアはすっかり二人は恋人だったと思っている。なんせ仕事中のシリウスを訪ねて王太子の執務室まで、侯爵家の名物菓子を差し入れているのだ。着飾ったシャウラシーナの姿を、王城でたくさんの人が見かけている。


 妻にと望んでおきながら、シャウラシーナに子供ができる前に愛人を身篭らせて、さっさと離縁を言い渡すなんて酷すぎだ。シリウスが傷心の彼女を支えたいと思う気持ちがよく分かる。


 王宮メイドたちまでうわさしているのだ。

『シリウス様はテレシア様と別れてシャウラシーナ様と結婚されるみたいよ』

『お辛いシャウラシーナ様を放っておけないのね』

『テレシア様もお綺麗だけど、シャウラシーナ様は別格ですもの』

『アークトゥルス伯爵夫人はテレシア様の出自が気に入らなかったようだし、クルハ侯爵家なら文句もないわね』


 それは違うな、とテレシアは心の中で否定した。

 伯爵夫人は夜会でシャウラシーナを睨んでいたし、シリウスが彼女を選んでも気に入らないだろう。


(今はお気の毒だけど、孫ができたら変わるでしょう)


 テレシアがシリウスの子供を産む事はない。彼が愛するシャウラシーナなら問題ない。


(変なところで義理堅いシリウス様が、私に離婚を切り出すのは時間かかりそう)

 わざわざ令嬢と関係はないとテレシアに言うくらいだ。そこは信じている。王太子に不貞を禁じられているから。ただ惹かれる気持ちだけはどうしようもないものだ。



「あ、この展望台でのお見合いってのが気になるです」


 自分の事を考えていたテレシアはライミィの声で意識が現実に戻る。


「展望台のある空中庭園は綺麗ですよ。自動昇降機で上まで行けます」


「じどうしょうこうき?」

 馴染みのない言葉にライミィは首を傾げる。


「乗れば自動で上まで行ったり下りたりできる箱があるんです。展望台までの螺旋階段の利用がきつい人でも、それに乗れば歩かないで行けます」


 説明に慣れているカルフェルグの口調は澱みない。


「展望台は王太子殿下が王都を一望できるようにと造ったものです。壮観ですよ」


 王都の丘に〈都民の憩いの場及び観光地〉と銘打って建てられた展望台。これはどうしても蒸気機関の自動昇降機と、ついでに水を上まで送るポンプを作ってみたくて出来た展望台だ。メインは蒸気機関自動昇降機で、城に設置する案を却下された王太子が、ならば別に建てればいいとばかりに議会で通した。落下の安全性に煩かったシリウスを黙らせたのだから、自国で開発した落下防止装置は合格なのだろう。


 チャムク・ミラム帝国で流行りの空中庭園を展望台に作った王太子は、帝国かぶれも甚だしいと一部の大臣に陰口を叩かれたが、出来上がったものを見ればそれも消えた。


 王都の全方位を見渡せる上、花々と低木の美しい庭園に癒される。そう評判だ。


「展望台での軽食パーティは八日後ですが、大丈夫ですか? お仕事休めます?」


「お給料は貰っていないから、いつでも休めます」


「え? 無給奉仕ですか!?」


 テレシアが声を発するよりカルファルグの反応の方が早かった。


「むきゅうほうしって?」と、きょとん顔のライミィ。


「働いた分の給料は貰っていないのですか?」


「住まわせてくれてご飯も食べさせてもらってます。給料は出せないとはじめに言われました。古着もくれるし時々お小遣いもくれます」


 田舎の家出娘を騙して無償で働かせているのかと思ったが、行き場のない娘に同情して衣食住の提供をしているだけのようだ。学のないライミィにとっては上出来の環境なのかもしれない。きっとギルド入会金は元夫の詫び金から出しているのだろう。

 ライミィは展望台見合いの参加を決め、初めての王都観光が楽しみなのか、足取り軽く帰っていった。


「ライミィさん、すぐにいい人が見つかるといいですね」

 カルファルグは同情的だ。彼女は家事をして子育てして夫に従う、典型的なイクリール女性だと感じた。


 展望台見合いは場所貸切ではないので、ギルド内のパーティより規模が小さい。それでも休憩テーブルを二つ確保して、パーティというよりサンドイッチや菓子を持ち込んだちょっとしたお話会だ。


「そうね……。幸せになってもらいたいわ」


 やけにしんみりとテレシアは言ったが、彼女と自分を重ねていたからだなんて、カルファルグが気がつくはずもなかった。



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