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22:相談は寝室で

「あまり敵を作るものではないよ」


「あら、シャウラシーナ嬢の事かしら? それとも紳士諸君への嫌味?」


「クルハ侯爵令嬢には独身時代に築いた交友関係がある。信奉者の男性もいる。敵対するのは利口じゃない」


「ごめんなさい。わたくしを周囲に馴染ませるあなたの気配りを無下にするみたいだけど、テレシアの侮辱は看過できなかったの」


 苦言を呈するアンドールに、ルーシェは少しだけ申し訳なさそうな顔をする。

 二人きりの寝室。就寝前の会話。誰にも聞かれる心配がないので、夫婦が本音で語り合える時間だ。


「ウルブロール侯爵令息夫人は、どうやらシャウラシーナ嬢をご自分の派閥に入れたいご様子だけど、あれは悪手ね。シャウラシーナ嬢の方に飲まれるわ」


「そうなるだろうね」


 歳は少し離れているけれど、王太子夫妻の関係は対等だ。アンドールはルーシェの利発さも気に入っている。


 かつての社交界の花も外国で苦労してきた。今の社交界は、ルーシェ妃が現れるまでウルブロール侯爵令息夫人エルベルが若い世代の中心だった。ところが妃にすり寄る元取り巻きたちがいて、少しずつ疎遠になっていくのを苦々しく思っている。だから自分の影響力を高めるため、かつてのトップ令嬢を自分の配下にしようと、彼女に積極的に絡んでいた。


 だがエルベルのそんな思惑にシャウラシーナは乗らないだろう。社交界はきっと、再びシャウラシーナが台頭してくる。エルベルはシャウラシーナの貴婦人の資質には勝てないからだ。

 

「それにしてもあのお二方が、アンドール様の婚約者有力候補だったなんて……」


「身分も教養も相応しかったからね。見た目もいい」


「でもあなたが求めていたのは、寵妃ではなくて戦友だもの。彼女たちには務まらないわ。国外に目を向けるしかなかったのよね」


 そうなのだ。自国の公爵令嬢だったアンドールの母の仕事は、社交界の貴族女性の指針となって纏め上げる事。他国の者との謁見では国王の隣で微笑んでいるだけ。外国を訪問する機会に恵まれていたアンドールは、どの国の王妃より母が無知で無能であると感じた。


 しかしこれは母が愚かだからではないとも気づく。男社会の国自体が女性に知恵を与えないのだ。要するに女は社交界で男が自慢できる魅力があれば良い。王妃や王太子の婚約者候補たちは自国の勉強をさせられた。それが普通の令嬢と一線を画したイクリール王国での“知識教養”である。妃は対外的に“蒙昧で良し”とされてきた。


 婚約者を決める際、アンドールは父親に『これからの王妃は他国の要人と話ができなければ馬鹿にされます。国内で“男の花であれ”と育てられた価値観に囚われているこの国の令嬢は駄目です』とキッパリ言い切った。


 王妃の在り方が否定された形なので、母親はショックだっただろう。それでも夫である国王や息子に意見を言う発想すらないので、黙って決定を聞くしかなかった。



「ルーシェ、戦友だなんて色気がない事を言わないでくれ。私は君を女性としても好ましく思っているのだから」


 アンドールが素直に愛情を示すと、ルーシェは狼狽えて赤面する。気丈な妻の年相応の反応に気分を良くした王太子は、彼女の手を取り寝台に誘うのだった。






「テレシア、この夜会に参加してほしい。俺の両親も参加するけど……ごめん」


「ウルブロール侯爵家の舞踏会の招待状ですか。……仕方ありませんね……」


 テレシアには鬼門だ。エルベルが次期侯爵夫人として振る舞うのは間違いない。ルーシェのコンパニオンであるテレシアは、きっと悪意の目に晒されるだろう。


 シリウスが申し訳なさそうに頭を下げるので、テレシアは「大丈夫ですよ! 頑張ります!」と決意表明した。


「俺たちを疎遠にしているのは、むしろ両親なのに。……あの世代に冷遇されるかもしれない」


「仕方ないですよ。なんせ私は金目当てでシリウス様を誑かした、貧乏貴族出の悪妻らしいですから」


 母が愚痴をあちこちで零すせいで、テレシアは親世代に“卑しい強欲な女”だと疎まれている。

 シリウスは眉尻を下げて再び「……ごめん」と謝った。

 舞踏会で片時もそばを離れないなんて不可能だ。妻を護るどころか悪意の矢面に立たせてしまう。


 婚姻が雇用関係なだけでテレシアに非はない。シリウスは今更ながら選択が浅慮だったと後悔する。アンドールの指摘通りで、誠実を履き違えてしまった。

 

 普通に結婚を申し込んで仲を育めばよかったのだ。契約書まで作成して“お飾り妻”を求めて結ばれた関係は、政略結婚よりタチが悪い。


「シリウス様が心配される必要はありません。私、打たれ強いので」


「そんな訳あるか! 貴族ってのは悪意を持って心を抉る物言いをする。表面上は平気でも心の奥底では傷つくはずだ!」


 語気を強めるシリウスにテレシアは驚く。人の心の機微に疎い彼が、自分をそこまで気遣ってくれるとは思わなかった。だから敢えて明るく振る舞う。


「破格のお金で雇っていただいているんです。仕事だと思えば聞き流せます! ほら、ギルドに来て身勝手な要求をする手合いだと思えば!」



 事実を含む。

 一度だけ高位貴族向けの見合いパーティを企画した事がある。珍し物好きの連中に開催を迫られて仕方なくだ。突発的な催しの食事会なので、会員にはしないで参加費だけいただいた。参加費も安価は逆に不名誉と受け取る可能性があったので、値の張る設定にした。付加価値を付けるために、開催場所は渋るアンドールを説得して、彼の趣味屋敷のガーデンパーティとした。


 滅多に入る機会のない王太子の別邸での開催とあって、想定より希望者が多くてアンドールに恨み言を投げられた。


『屋敷の中の見学は守りを厳重にしろよ。酔ったヤツがお宝を壊したりするかもしれない。そうなったら絶対許さないからな!』


 王太子の立場でしか手に入れられなかった、金銭で弁償出来ない物も多い。だから明文化して“破損すれば罰則あり”との条件を付け、参加者の署名をもらう。この対応に彼らから不満が出るかと思いきや、そこまで価値のある物を見られる特別感が、逆に心象を良くしたらしかった。


 王宮晩餐会並の食事を提供して、酒も茶葉も高級品を揃えた。しかし元々優遇を当たり前に享受する連中だ。結婚相談ギルドの会員たちのように、開催側の指示に従う素地がない。『伯爵子息夫妻に指図される筋合いはない』とかキッパリ言い放つ侯爵令息なんかもいた。建前上の会の趣旨が全く分かっていないおぼっちゃまだ。


『あの伯爵令嬢は行き遅れの割になかなか可愛らしい。俺が嫁に貰ってやろう。おまえ、話をつけてこい』


 シリウスではなく、わざわざテレシアが一人の時に近づいて命令する侯爵令息がいた。王太子側近のシリウスには引け目と劣等感があって声を掛けられず、格下認定の嫁のテレシアを使う。令息は不摂生な生活をしているらしく、肌は吹き出物で荒れており、三十代前半のはずがもう腹が出て身体が弛んでいた。

 

 そんなだらしない男に“行き遅れ”と言われた伯爵令嬢はまだ十九歳で、彼女は良縁を求めて参加していた。いくら身分が上の男でも、見た目だけでお断り案件である。

 伯爵令嬢は同世代の男性に囲まれていたから、侯爵令息は声を掛けられなかったのだ。


『ご紹介しますね』

 この男はないわーと思いつつ主催側なので笑顔を作り、テレシアは侯爵令息を彼女の元に案内しようとしたら怒鳴られた。

『俺は侯爵家だぞ! あの伯爵家の女を連れてこい! 俺が娶ってやるのだから有難いだろう!』


 怒声に気が付いたシリウスがやってきて、『申し訳ありませんが、そこまでの世話は致しません。皆様、ご自身の気になる方にお声掛けしてもらう方式です』と、にこやかにテレシアと男の間に入って場を収めた。


 あれが人見知りすぎる大人しい人物なら、主催側の対応も変わっていた。だが身分をかざすだけの偉そうな男は排除しても構わない。


 『この食事会の全権は王太子殿下により私に委ねられています。不快な振る舞いの者は“品位がない”として、追い出してもいいと言われています』


 結局そのあと男は大人しくなって、一人で飲み食いしていた。侯爵家の息子ではあるが彼は三男。実家もそれほど裕福でもない。結婚後は実家の持つ爵位の一つの男爵位を貰うらしいが、だらしない容姿に加え卑屈で横柄な彼は、政略結婚の相手にさえならなかったのだろう。だからこそ、この見合い会に出席したはずなのだが。


『王太子殿下の秘蔵の酒とか無いのか?』

『あの娘は胸が大きいが顔は平凡だ。あっちは貧相すぎるな』


 分かっていた! 真剣に婚活目的は少数派だと。テレシアは閉口する。死別、離婚含む現在独身の中年層は、最早酒場扱いである。


『王太子殿下の私室を見せて欲しいの』

『温室のあの珍しい赤い花、貰いたいのだけど』

『部族の工芸品とか見窄らしいわ。どこかに宝石の隠し部屋とか無いの?』


 女性陣もなかなかに無礼な者が多かった。

 それに比べれば、王太子の趣味の品々に目を輝かせて邸内に入り浸っている男性たちの、なんと可愛げのあった事か。

 


 貴族の悪意には慣れているから戦えると、寝台の上で主張する妻を心配そうに見るシリウスに、「さっさと寝ましょう。睡眠不足は敵です!」とテレシアは力強く言うのだった。





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