表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/35

21:波乱の社交界

イクリール王国が本格的な社交シーズンに入った。


 シリウスとテレシアは相談しながら夜会や茶会の出欠を決めていた。シリウスの両親や煩い親戚が参加するものは極力避ける。シリウスがどこでそんな招待客情報を仕入れて来るのか不明だが、テレシアは(ま、あの王太子殿下の近習だもんね。調べる伝手があるんでしょ)と謎の信頼で納得していた。


「これだけは出なきゃなあ」


 シリウスが手にしていたのは、ハミディラム辺境伯家のものだった。


「そうですね。王太子ご夫妻も参加されるのでしょう?」


「ああ、姉君の本格的な社交界復帰だからなあ」


 南の辺境伯のハミディラム侯爵は、まだ三十六歳の若い領主である。その夫人は元王女スノーベル、アンドール王太子の姉だ。スノーベルが王女だった頃、国境視察でクレス・ハムディラムと知り合い恋に落ちた。


 二年前に第三子を出産したスノーベルが、その子をお披露目するのが主な目的である。王太子の成婚時には夫婦で出席はしたが、まだ幼い子供たちは領地に残していた。今回は一家総出で王都にやってきた。国王夫妻でさえ遠方の臣下に嫁いだ娘の孫たちに会う機会は滅多にない。さぞ楽しみにしていた事だろう。


 元王女殿下はテレシアにとって雲の上の存在だ。王太子とは随分交流があるくせにと反論されそうだが、それはシリウスの妻だからだ。テレシアはシリウスに妻だと紹介されてスノーベルと挨拶を交わしただけで、彼女がどんな人物かよく知らない。王太子と同じ系統の美貌で、穏やかそうな方だった。会話をして嫌われなければいいのだが。


 シリウスはスノーベルを「アンドール殿下に似ているけど、殿下みたいな腹黒じゃないから付き合いやすいと思う」と評する。


「当時王女殿下をドレ=ルック公国に嫁がせるよう、大臣たちが陛下に進言していてね。クレス様に惚れていた王女殿下は反発して、辺境に突撃して既成事実を作ったらしいよ」


「へえ、羨ましいですね。情熱的な恋をして。しかもそれが実るなんて」


 屈託なくテレシアが笑い、それに対してシリウスが口ごもる。


「……その機会を奪ってしまってごめん」


「えっ、そんな深い意味じゃ」

 

 愛情を前提にしない契約婚に乗ったのは自分だ。テレシアは世間話くらいのほんの軽口のつもりが、シリウスに罪悪感を持たせてしまって慌てる。


「私、今の生活に不満はありませんから!」


 力説するテレシアが不憫だとシリウスは思った。生家が没落さえしなければ、彼女は初恋を実らせただろうに。




 ハミディラム侯爵家の王都のタウンハウスは、武家なのに意外にも華美だった。本宅の隣には客人をもてなす別邸もあり見事な庭園も有している。数代前の当主が王都育ちの妻のために、広い土地を買って装飾過多な屋敷を建てたらしい。


 シリウスは一度だけ、王太子の外遊に付き添って、ハミディラム辺境伯領から国境を越えて隣国に赴いた事がある。その時訪れた城は籠城に耐えうる頑丈な造りで射撃穴も多く、投石機もあちこちに設置されていた。隣接の別棟は食糧庫や武器庫になっていて、戦争に備えている。タウンハウスとは真逆の防衛のための砦だった。


「わあ……。すごいですね」


 シリウスに手を取られて馬車を降りたテレシアは、思わず感嘆の声を上げた。

 ハミディラム侯爵家の邸宅は門を潜った途端、花々に囲まれた彫像や噴水が目を惹く。


(この規模を何代にも渡って維持できるなんて、凄いお金持ちなのね)


 庶民感覚に近いテレシアはどうしても贅沢だなと感じてしまう。場違いさに怯んでしまう彼女と違い、シリウスは壮麗さに目を瞠る事もない。こういう場面でテレシアはシリウスとの身分差を感じる。


(だめだめ! 余裕の笑顔よ!アークトゥルス次期伯爵夫人〈暫定〉として堂々としなければ!)


 内心大きく頭を横に振りながら、テレシアは自分を奮い立たせるのだった。



 侯爵夫妻に招待された礼を述べるテレシアに、「ルーシェ妃殿下の良き相談相手として、これからも彼女を支えてあげてね」とスノーベルは告げた。


「勿論でございます」


「王太子ご夫妻のお力になる事を誓います」


「まあ! シリウスは相変わらず生真面目ね!」

 楽しそうにスノーベルは「一介の侯爵夫人に誓っても意味がないじゃない」と悪戯っぽく声を立てて笑った。



 そんな他愛も無い会話の中、会場の空気がざわつく。一人の女性がスノーベルに近づいてきた。姿を認めたシリウスが目を見開いた。


「スノーベル様、お久しぶりです」


「あら、シュウラシーナ様、お元気そうで安心しましたわ」


「ええ、また仲良くさせていただいたらと思います」


 それからシャウラシーナは、スノーベルの側のシリウスに向き直すと「お久しぶりね、シリウス」と微笑んだ。

「また社交界に復帰するからよろしくね」


 シリウスは返事もせずに彼女を凝視していた。


(シリウス様を呼び捨てにできるのなら、身分の高い方ね)


 テレシアはそう思ったが、今まで彼女を見かけた事がない。妊娠出産時は社交は休むから、そういったどこかの上位貴族夫人なのだろうか。


「なあに? そんなに見られたら顔に穴が開いちゃうわ」


 目立つ優美な美女は、シリウスに軽口を叩けるほど親しいらしい。


「失礼しました。随分久し振りで驚きました」

 シリウスがぎこちなく詫びる。


「そう言えば結婚したのですってね、シリウス」


「ええ、妻のテレシアです」

 ぐいっとシリウスに肩を抱かれる。そこで初めてシャウラシーナはテレシアの存在に気がついたように、彼女に視線を移した。


「まあ、可愛らしい方ね。どこの家門の方かしら」


「レグルスカ男爵家の長女でございます」


 テレシアが名乗ると、美女は首を傾げて「え? 知らないわ」と零す。近くで嘲笑が起こった。


「仕方ありませんわ、シーナお姉様。没落した名前だけの末端貴族ですもの。シリウス様に拾っていただいた令嬢よ」


 シャウラシーナの背後にいたウルブロール侯爵子息夫人と、その取り巻きたちが馬鹿にした。その言い草にシリウスが喰ってかかる気配を察し、テレシアは夫の手を握って制する。


「シリウス様には感謝していますわ」

 敬愛の瞳を彼に向ける。シリウスが「え?」みたいな顔をするので、とびきりの笑顔と共に「黙って」と視線を送った。彼がぴくりと肩を少し揺らしたので伝わったと思う。

 

 男が口を出してはいけない場面なのだ。余程の暴言でなければ流すべきで、夫人の言葉は事実だから、夫が反論すれば「ムキになって」と、足を掬われる。


 元々の結婚契約ではテレシアの社交は最小限と決められていた。しかしテレシアが王太子妃のコンパニオンになってしまったために、彼女はあちこちに顔を出す立場になってしまった。だからこういった場数は、実はシリウスよりも踏んでいる。

 あの程度で眉をひそめるとは、シリウスは男社会しか知らないのだろう。


「まあ、あなたがそんな女性を……」


 そこで言葉を濁したシャウラシーナの真意は見えないけれど、()()()()()と言うのは好意的ではない。



「この国の貴族女性は嫌味を言うしか能がないのかしら」


 厄介な事にルーシェが参戦してくる。先程やってきたのはテレシアもシリウスも知っていた。ハミディラム侯爵夫妻に挨拶もそこそこに、ルーシェは夫に何か告げると、真っ直ぐにテレシアの方に向かってきた。アンドールが苦笑いしていたので、その様子をそっと見ていたシリウスは(妃殿下が絡んでくるんだろうな)と覚悟はした。


「自分の周りの貴族しか知らなくても恥ずかしくないというのは、仕方ないでしょうね。そんな無知で愛想のいいだけの女性が好きなのですもの、この国の紳士たちは」


(妃殿下! 男も敵に回さないでください!)

 シリウスは胃が痛む。


「でもクルハ侯爵令嬢、あなたはボメタイン王国の次期デクネロン公爵夫人だったのでしょう? あそこは夫人にも談判手腕を求めます。離婚したとは言え鍛えられたのではなかったのですか。外交ができる令嬢が帰国したと期待しておりましたのに残念だわ」


 ルーシェの言葉にシャウラシーナが気色ばんだがすぐに穏やかな表情に戻り、「王太子妃天下、ご機嫌麗しゅう」と完璧な礼を披露する。


「お言葉ですが、国中の貴族を把握する必要性は感じません」


 言葉を返すシャウラシーナにシリウスは驚く。きつめに反論するなんて昔の彼女からは考えられない。


「ええ、あなたはそれでいいわ。王族ではないのだから。社交界の華として返り咲くのが正しいと思うわ」


(これは……“妃に相応しくなかった”とわざわざ喧嘩を売っているのよね? もしかしてシャウラシーナって女性、王太子の婚約者候補だったの? ルーシェ様の嫉妬かしら)


 テレシアは他人事のように考えているが、ルーシェはテレシアが侮辱されたのが気に入らなくて乱入したのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ