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2:訳ありプロポーズ

「いきなり何ですか!?」


 突拍子もないアンドールの言動に慣れているシリウスでさえ、驚きすぎて大声を上げてしまった。


「出会いがないだと!? それなら我々が作ればいいのだ!!」


「どうやってです!? と言うか、俺の結婚は関係ありますか!?」


「私は婚約者がいる。おまえは婚約者いないよな。ちなみに恋人は?」


「いませんが……ご存知でしょうに」

 渋面を作ったシリウスである。


 シリウスと同い年のアンドールの婚約者は友好国の王女で、かの国で成人の十八歳になれば輿入れが決まっている。あと一年後だ。


「おまえももう二十三歳だ。いくら伯爵家が自由結婚を認めていても、いい加減せっつかれてるんじゃないのか?」


「余計なお世話です」


「いやいや、だからこの際、おまえも結婚するがいい!」


「……意味がわかりません……」


「結婚推進委員会を設立する! そしてシリウス・アークトゥルス、おまえをその責任者に任命する!」


「また突発的な思い付きで……議会の承認がおりますかね」


「シリウスくん、国の事業ではない。私は年寄り相手に懇切丁寧に説明して同意を求めるつもりはないよ。個人で勝手にやらせてもらう。初期投資は惜しまない。ギルドの協力を仰ぎ、結婚相談の専門事業を始める。そこでだ! 責任者のおまえが独身なのは格好がつかない。早急に結婚したまえ!」


 シリウスは横暴な主君に呆れる。


「最初から既婚者を任命すればいいじゃないですか」

 

「インパクトがない! 王太子の側近の()()のイケメン伯爵家嫡男が会長の方が、集客率が高くなるだろ!」


「無茶振りも酷すぎですね」


「なんとでも言いたまえ。……きっかけがないとおまえは結婚しないだろ。偽装結婚でもなんでもいいから一度は結婚しろ!」







「それで、王太子殿下肝入りの結婚相談ギルドの設立についてなのですが……この資料をご覧ください」


 ……一ヶ月後、シリウス・アークトゥルスは各種ギルドの要人たちを王宮に集めて説明会を開いていた。


「集団お見合いをするというわけですな。面白そうです」

 

 真っ先に好感触を示したのは冒険者ギルドの会長だ。かつて名を轟かせた冒険者だけあって体躯はいい。怪我をして片足が不自由なため引退した今は、若手の育成にも力を入れている。


 冒険者は野蛮だとか思われて一般人からは敬遠されがちである。同業者で結婚する者はそんなにいない。圧倒的に女性が少ないのと、ギルド所属薬師の女性は感覚が一般人に近いし、そもそも年配の既婚者が多いのだ。


「気のいい若い奴が伴侶を見つけられるいい機会だ。冒険者への偏見を減らす意味でも参加させたい」


「商業ギルドでも、男性のみ、女性ばかりの職場の方たちも多いから、声を掛けてもいいかもしれません」


 商業ギルドの会長は女性で、時代の流れはこうした責任者を生み出した。


 商業ギルドは様々な職種の人間が所属している。大きな会社から個人経営者まで。工場勤務は女性のみ、土木関係は男性のみと決まっているところも多い。

 恋愛しようにも近場に独身の異性がいないのが実情だ。かと言って街中や食事処で声をかけたり出来ない。特に女性の能動的な行動は“はしたない”と、女性の方がそういう意識が強い。


「貴族と平民を分けるのなら賛成です。最近は自由結婚が多いと言っても、実際は平民と貴族の婚姻はあとから亀裂が入る事が多い。最初から選べる対象を絞ってほしい。念の為に言うが差別ではなく区別だ」


 医療ギルドの会長は侯爵家の家長だ。彼の言い分も解る。貴族と平民の結婚は禁止されてはいない。それは昔からだ。法で禁じなくてもそもそも貴賤結婚は選択肢にないから、明文化する必要もなかったのだ。時代の流れは急激にその前提を覆してしまった。恋愛結婚をするなら自分たちで身分差を乗り越える気概もあるだろう、多分。その身分差のリスクを紹介段階で減らせと言うことだ。


 医療ギルドは上層部が貴族であるから格式に煩い。医師や看護師、薬理調剤師は医療学校を卒業して国家試験に受からなければなれない。優秀な平民は奨学金で学校に通えるが、当然狭き門だ。


 薬師はあくまで民間伝承の職業で、症状に合わせた有効な調合剤もあるけれど、まじない薬や子宝薬など怪しげなものも多いので、医療薬とは認められていない。だから薬師は冒険者ギルド所属なのだ。それでも貴重な薬草や薬になる動物の臓物や皮膚などをギルドに納めたりもするので、実は医療ギルドと冒険者ギルドは取引きが多い。

 薬師は民間では産婆も兼ねるため、代々女性に伝承させる家系がほとんどである。珍しく昔から女性が活躍できる職種なのだ。


 その他、各種手工業ギルドや、漁師ギルドなど、小さい組合も概ね同意だったが、出資金による待遇の差を懸念していた。


「それはありません。出会いの場を提供するという王太子殿下の理念の元に設立されるのですから。ギルドによっては資金より現物提供を求めるかもしれません。例えば会食の食材を安く卸してもらったり、会場の食器類の貸し出しだったり」


 シリウスの言葉に弱小ギルドも納得する。食材や商品が無償提供でないところが評価された形だ。

 あとは各ギルドと契約することになって閉会した。計画一段階をクリアしたシリウスは安堵する。


 解散となった各ギルドの代表者の中で、特筆するべき発言もなかった探偵ギルド代表者にシリウスは声を掛けた。


「ちょっと個人的にお話させてください」

 

 シリウスに呼び止められた探偵ギルド会長は、堅気とは思えない鋭い眼光で彼を射抜く。ドラルメイ伯爵家の庶子で元は冒険者をしていた会長は、罠を仕掛けたり麻痺薬を使用したりして獲物を狩る方法で、腕自慢の冒険者たちからは下に見られていたらしい。そこで冒険者から足を洗い、主に調査をする“探偵所”を立ち上げる。軌道に乗ると倣うものたちが出て来たので、情報を共有するのと連携を目的としたギルドを作った。最も新しいギルドである。


「なんでしょうか。アークトゥルス様」


「実は……いい人材をご存知ないかと思いまして」




 そのあと、探偵ギルド会長はシリウスを伴い、自身の“ワイセン探偵室”に戻った。


「お帰りなさい、ボス! って失礼しました。お客様もご一緒でしたか」


 会長を出迎えたのはハキハキとした女性だった。飴色の、肩にかかる程度の短い髪も最近は珍しくなくなった。彼女は会長の背後から現れたシリウスに驚いて、瑠璃色の目を見開くと、慌てて礼をした。


「この子がテレシアです」


 シリウスに紹介されたテレシアは、自分が紹介される事に疑問を持ちつつ、「テレシア・レグルスカ男爵代理です。借金の返済のため領地も売った没落貴族ですわ」と、特に卑屈な様子もなく自己紹介をする。


 シリウスは探偵社への道すがら、彼女の境遇を聞いていた。


 母は双子を産んだ時に産褥熱で死亡しており、商会を経営していた父親も三年前に突然死した。それまでも質素な生活をしていたが、父の死によりテレシアは家に多額の借金があることを知る。父の事業は上手くいってなかったのだ。成人したばかりの彼女は事業をたたみ屋敷も売った。それでも借金は利息のせいであまり減らない。テレシアは借金取りをなんとかしたくて親戚を頼り、領地を本家に買ってもらう形で借金の返済を終えた。


 それ以上の本家の援助は断った。ロバートがテレシアから聞いたわけではないが、どうやら高位貴族の愛人の話を持ちかけられたかららしい。


 今後の生活費のためにテレシアが爵位を商人に売ろうとした時、『貴族の籍は残しておきなさい』とドラルメイ伯爵の庶子ロバートが声をかけた。

 

 ロバートは当時十七歳のテレシアがまだ九歳の弟と四歳の双子の妹たちを抱え、苦境に立たされているのを偶然知った。残った少しの金で慎ましい生活をしてはいたけれど収入がないと暮らしていけないテレシアに、爵位の買取りを申し出た商会会長は悪徳商人だと、その筋では有名だった。テレシアを娼館に売り、そこからも利益を得るつもりだったらしい。

 あの商人を貴族にしてはいけないとロバートは思い、世間知らずのテレシアが毒牙にかかる前に救い出した形だ。


 探偵ギルド会長のロバートが後見人となり、テレシアの弟ジョーイが成人して爵位が継げるまでテレシアが男爵代理となる手続きをする。


 テレシアが家賃の安さだけで選んでいた集合住宅は貧しい人間が住むところだった。

彼女は近くの酒場で働き始めたが客層が悪い。いずれなんらかのトラブルに巻き込まれそうだとロバートは危惧する。


 ロバートは自社で彼女の雇用を決め、彼らに知人の宿屋に隣接する小さな平屋を提案する。宿屋の先代の隠居場だったが亡くなって空き家になっていた。家賃は以前の集合住宅より安い。条件としてテレシアが宿屋の一階の食堂を夜手伝う事だった。彼女はよく働き、彼女目当ての常連客も増え、宿屋としても有り難かった。


「どうしてそこまで彼女に肩入れを?」

 シリウスは疑問に思う。それまで面識もなかった相手だ。


「口さがない連中にかかれば、恩を着せて男爵令嬢を愛人として囲っていると言われますよね」

 

「テレシアたちの力になる事には俺の嫁の方が積極的だった。嫁は貴族じゃないが裕福な商家の出身でな。詐欺で一文無しになって家族離散になったから、他人事とは思えなかったんだろうな」


 苦労はしていても明るくて気立てが良い。親戚縁者のしがらみが薄い。テレシアなら条件に問題がない。


「テレシア嬢、俺と契約結婚してもらえないだろうか」


 シリウスはテレシアに直球でプロポーズしたのだった。



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