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19:交流会の影響


 ルーシェ主催の、平民、貴族の混ざった交流会案に苦言を呈したのは、参加資格のない高位貴族たちだった。


『母国に貴族制度は無いの。当然有力な家門はあるけれど、身分のみで言うなら王族以外は皆平民だわ。この国で云う公爵家でもね。わたくしはこの国の流儀に則り、あなた方高位貴族とは敬意を持って特別に接しています。王太子妃が下級層と交流を反対する理由はなにかしら。まさか下々を無視して国が成り立つとお考えで?』


 妃を守る王太子を避けてわざわざ妃本人に文句を言いにいったのに、ばっさりと切られてしまう。小娘と侮ったせいだ。ルーシェは弁も立つが戦闘経験もあるので、あらゆる意味で強い。年嵩の大臣の悪意に萎縮などしない。アンドールは、幼い彼女の気質を見抜いていたからこそ、水面下でフェル王国にぜひ妃にと交渉したのだ。


 

 そうして開催された交流会。


 決して狭くはない王太子宮のサロンも招待客でびっしりである。不参加者はいなかった。本人がどうしても病気や諸事情で参加できない場合も、全員代理を立ててきた。


 王太子妃の背後に控えているテレシアに「すごい熱気だな」と、シリウスが声をかけた。彼はギルドでの経験を買われたとの建前で、この立食パーティの責任者となってここにいる。


「ええ、美しくて愛らしいルーシェ様の姿に、皆が見惚れていますね」


 愛想の良さに、生まれついての王族ゆえの気品も持ち合わせている。好感度上昇待ったなしだ。国民の支持が大きくなる事は、他国出身の王太子妃排除の動きへの牽制にもなるので喜ばしい。


 シリウスの知った顔もある。今回の招待状を結婚相談ギルドから受け取った平民の会員たちは、ギルドの無言の思惑を汲んで、積極的に貴族の令嬢令息に声をかけていた。

 交流会の招待客は“王太子夫妻と年齢が近い”のが主な条件で、平民の富裕層や知名度の高い芸術家も参加すると知って、あわよくば彼らと縁を結びたい貴族たちは未婚の息子や娘を快く送り出してきた。概ねルーシェたちの目論見通りである。


 結婚相談ギルドとは無関係に、商会が若手画家に商品の販促ポスターの制作を依頼したり、時代物の家具や室内装飾品を売りたいけれど伝手のない男爵家が、知り合った古物商と話が纏まったとか、思わぬ出会いもあった。

 挨拶程度の面識しかない男爵家や子爵家が、貴重な機会を得て積極的に会話をしている。自領の特産物流通について、草案まで持ち込んでいる強かな子息たちもいた。


 王太子妃の招待とは、すなわち王太子、ひいては王家が承認したという事である。嫁いで間もない王太子妃の独断で招待客が選定できるわけがないからだ。


 招待された貴族や準貴族は身分の詐称はないし、平民の富裕層も身元がしっかりしていると王家のお墨付きだ。安心して交流ができるという事で、あちこちでいろんな交渉が始められたようである。


 建設的な会話で活気づく招待客を目にして、シリウスは今までこのようなパーティがなかった事を残念に思う。しかし、もし王太子が言い出しても実現は出来なかった。お偉方ほど貴族と平民の区別に煩い。そんな連中の反感を買ってまで開催する利はないと側近たちで止めただろう。これは新参者のルーシェの企画だから黙認されたのである。


 パーティの終わりにアンドールが現れ、会場の熱気も最高潮となった。


「これからの時代を担うのは私たち若輩者だ。より良い生活、社会を目指していこう」


 ルーシェの肩を抱いて一同に口上を述べるアンドールは、その見目麗しさを最大限に活かし、笑みを崩さない。人を惹きつけるのは天賦の才だ。下位層に力強く宣言する姿に皆は感動したに違いない。誰が最初に「王太子ご夫妻万歳!」と叫んだか、これは仕込みではない。次々に「王太子殿下、妃殿下、万歳!!」との声がサロン中に響き渡ったのだった。



「来るなんて知らなかったわ」


 パーティ後、ルーシェはアンドールに対して頬を膨らませる。


「道路整備関連の会議だったからさ。時間が延びるかもしれないだろ? 確実じゃないから言わなかったんだよ」


「俺も殿下が顔を出すなんて思いませんでしたよ」


「そうなの? シリウスも聞いていないなら仕方ないわね」

 ルーシェは機嫌を直した。侍従さえも知らないなら、いつものアンドールの独断だろう。


「殿下、フルオール国大使との会談時間が迫っております」


 王太子の背後の騎士が告げると、「忙しいなあ。ルーシェ、また後でね」と、彼女を抱き寄せ、先程まで膨れていた頬にキスをして、手を振りながら去っていった。


「あー、本当に恥ずかしい方ね、人前で」


 生温かいテレシアの視線に、ルーシェは頬を押さえて文句を言うも、両頬と耳まで赤く染まっているので可愛らしいだけだ。


「お仕えするお二人が円満なのは非常に喜ばしい事なので、お気になさらず」


 シリウスはルーシェの羞恥などお構いなしである。しかし一応彼なりに気を遣っているから出てくる言葉なのだとルーシェも解っているから、「そう」と短い返事だけで済ませた。





 ルーシェ主催交流会後、王太子成婚の慶事に触発されて会員が増えていたギルドは、より活発化する。


 王太子夫妻が下位貴族や準貴族、平民交えての交流を推奨した形になったからである。さすがに高位貴族は格式が違うので普通に交流は難しい。これは続いた王国の歴史の中で、国民に根付いた普遍的な価値観だ。


 いかに王太子が革新派だとしても、貴族平民混在の見合いパーティを堂々と許可は出来ない。しかし交流会の追い風を受けて不特定多数と会うのではなく、身分関係なく個別に紹介して欲しいと望む者が増えてきた。それは表立って宣伝しないけれど、これこそ結婚相談所の有用性だとひっそりと、だが確実に認知されていく。



「借金貴族と、援助する資産家の平民との婚姻か……。政略結婚と変わらないな」


 そんな事例が増えていると報告を受けたアンドールは複雑な表情だ。


「あら、問題ないでしょう? 双方が納得なのだから」

 

 ルーシェは「()()()()()政略結婚の最たる例がわたくしたちじゃない。政略でも上手くいっている模範にされていると喜べばいいのよ」と、焼き菓子を頬張りながら、しれっと流す。


「先日、先々代の放蕩で多額の借金を抱えて、ボロ屋敷しか残っていない男爵家の次男が、大手繊維商社の後継の女性との結婚が決まりました」


 シリウスが成功例を口にすれば、「ああ、あの」と王太子は記憶の中から情報を拾う。

「長男は騎士団の事務職で、その弟は確か農業局の試算課にいるんだよな」


「そうです。計算に強く流通にも詳しいのが、お嬢さんに評価されたらしいです。お父様が宮廷文官貴族の婿入りをすごく喜んでいましたわ。故人の借金だからという事で、快く肩代わりを申し出ていました」


 政略結婚全てが悪いものではない。対等の立場の家族になれるのならば。


 嫁が奴隷紛いの扱いだったり、婿が肩身が狭く虐げられたりと__“配偶者を買った”意識が強い婚姻による弱者を、自分の代で法を整備して救いたい。


 王太子がそんな無謀な理想を持っている事を、国王、王妃、側近も、誰も知らない。



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