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1:新しい時代の結婚問題

よろしくお願いします

「それでね、私、二股かけられていたの! しかも本命はあっちだとか、ふざけんじゃないわよ!」


 激昂した女性がとうとう泣き出した。


「それは辛かったですね、ビヨンドさん。そんなくだらない男とは別れて正解ですよ!」


「でもまだ彼を忘れられないの……」


「無理もありません。私たち結婚相談ギルドの職員一同、ビヨンドさんの気持ちに寄り添っていきたいと思いますので、愚痴でも弱言でも何でもおっしゃってくださいね」


 テレシアは優しく彼女に微笑みかける。テレシアと一緒にいた男女も深く頷いて同意を示した。


 愛の女神ユーカルの名を冠した結婚相談所ができたのはつい最近である。


【結婚相談ギルド“ユーカル”は各ギルドの補助金で成り立っています! 入会金はございません。お気軽にお越しください!】


 怖くないよー、怪しくないよー、と安心してもらうために大々的に新聞広告にも載せた。


 完全に民間のような謳い文句で立ち上げられた新しい事業は、実はこの国の王太子殿下の一存で始められたものである。しかし喧伝はされていない。


 今年二十歳のテレシアは探偵ギルドの事務員だったが、訳あって結婚相談ギルドの職員となった。






 テレシアの住むイクリール王国は元々痩せた農地が多く、百年前までは生産性の低い貧しい国だった。


 大陸一大きいチャムク・ミラム帝国による蒸気機関の発明により、蒸気船や蒸気機関鉄道が発達し、各国の貿易が活発になる。連動する形で王国も炭鉱に力を入れた結果、良質な無煙炭が多く出土したため、帝国への優良輸出品となり国庫が潤う。

 それから更に肥料の品質向上、輪作により農作物の収穫が増え、国は豊かになった。周辺国と同様に貧しかった国が、他国より頭一つ抜き出た感じだ。


 しかし文化や因習などが一気に変わるはずもなく、中央政府が一番忌諱していた事態にとうとう踏み込んだ。


 それは“誘拐結婚”の風習である。男が見初めた女を攫って無理矢理結婚するのだ。貧しい民が多かった時代の名残と云うには、男側の都合が良すぎる。昔は支度金を工面できない男たちの免罪符だった。家に逃げ帰っても傷物扱いだし、最終的には『望まれて結婚する方が幸せだ』との世間の同調圧力に、女は従うしかなかった。


 近代化を進める国が、そんな理不尽な誘拐結婚は“違法”と定め、女性を攫うのは罰金刑となった。


 それでも横恋慕や振られても諦められない男たちが、逆に罰金で済むならと、強行する者が跡を絶たないのは政府の想定外だった。そこで罰金に加え、一族の総意であるとして家族も含め、誘拐に協力した者にも懲役を科す厳しいものと変わる。じわじわと世間が変わってゆく。




 教育政策の会議で、誘拐婚の報告は近年ないと言及された時、

「誘拐結婚の撲滅は、脱“野蛮国家”に必要だからいいんだけどさぁ」

 と、王太子が口を挟んだ。


「なんてのかな。それに頼っていた長い歴史がある反動とでも言うのかい。 結婚が難しくなったなんて苦情が出るなんて思わなかったよ」


 ざっくばらんとした口調は議会には相応しくないけれど、こんな方だと周囲も思っているから悪感情は持たれない。


「女性を蔑ろに扱う時代が長かったですからな。同意に基づくなんて発想が、まず馴染まないのでしょう」


 大臣の一人が言えば「我々王族や貴族もその傾向があるから否定し辛いよね」と、王太子は苦笑いで返した。


 王侯貴族は今でも家のための結婚は当然との考えで、結婚式まで顔を合わせた事すらないのもたまにある。女性は嫁げば婚家に従う。女性は爵位を継げないから婿を貰えば、婿には婚家の裁量権が与えられる。決定権の少ない貴族女性も、身分が分かるためか、道を歩いていて突然攫われて嫁にされるなどと、とんでもない目には遭わない。


 目撃者が『ああ、誘拐婚か』と問題視しない意識改革も必要だった。国に余裕ができれば民草にも教育の概念が浸透する。おかげで『人権侵害を推奨する国』なんて大国から蔑まれているのを知り、国民全体が“恥”と思うようになった。


 しかし国民の思想改革が重要で、結婚問題はそう深刻でもないとして議会ではその程度で流された。




「うーん、晩婚化はね、女性の社会進出に伴って、女性側が生き方を選べるようになったのが原因の一端でもあると思うんだよ」


 王太子アンドールは、執務室で側近のシリウスに婚姻困難問題について私見を述べる。


「はあ……」


 近侍のシリウスは間の抜けた返事をする。


「何言ってんだって顔やめてくれる? 女性の地位が上がっているのは喜ばしいんだよ。国力が上がるしね。知ってた? 冒険者ギルドに所属する三割は女性なんだって。昔じゃ考えられないよね。すーぐ男たちの餌食になる」


「……殿下。それを伝えたのは俺です。ついでにその三割のうち二割が薬師というのも。薬師の組合はありませんので、原料採取時に冒険者に護衛を頼む都合上、冒険者ギルドの所属なのです」


「あ、そうだったっけ。うん、思い出した。商業ギルドの約四割が女性だというのも聞いたね。銀行なんか計算に強い女性を積極的に引き抜くんだっけ。女性の方が威圧感がなくて窓口で好まれるんだよね」


アンドールとアークトゥルス伯爵家嫡男のシリウスは貴族学校での同級生だ。シリウスは王太子側近候補のため、学生時代を共に過ごした。卒業後シリウスは宮廷文官として働き始め、王太子アンドールはチャムク・ミラム帝国の大学に、視野を広げるため留学した。アンドールの帰国後、シリウスがすぐに近侍へ引き抜かれたのは予定通りだった。


 新しい価値観を身に付けた王太子は、年寄りや保守派には眉をひそめられる事もある。しかし若い政治家たちは概ね好意的だ。


「晩婚晩婚って頭の固い連中は煩いけど、十代前半で子供を産ませるなんて、まだ妊娠する体が出来上がっていないのにって非難されたぞ」


 アンドールは大学で知り合った才媛たちを思い出す。

『国をあげて少女趣味推奨? キモい』と言った女生徒は誰だったか。

 成人は十七歳にして、それまでは結婚できないと法律で定めたが、婚約者として囲いうっかり妊娠させてしまうのまでは罰せられない。今までの陋習は、たかだか一世紀では変えられないのだ。


「まあ十代前半なんてまだ子供ですよね。男だって自分の同時期を思えば分かりそうなものですがね」


「十代前半の男なんて、馬鹿みたいにエロい事ばかり考えてるんだから、同世代の少女の思考と一緒にはできないぞ」


「そうだろ」と王太子に真面目に同意を求められても、シリウスは「……まあ」と苦笑するしかない。


「女は若けりゃ若い方がいいと言うのが暴論なのは同意です。それとは別に、結婚したくても出会いがないなんて理由で、二十代後半からの未婚者が増えているのは問題ですよ」


「そうなんだよ。独身を謳歌してるんじゃないんだよなあ。地方から大きい都市に人が流れたせいかな。都会は賑やかだし働き口も多いし。でも地方出身者は田舎者の自覚があって、奥手が多いそうだ」


 王太子は色々とリサーチ済みらしい。


「地方では昔から、知人に声かけたりする“見合い紹介”があるらしいです。恋愛しなくても、周囲が結婚相手を見繕ってくれるそうですよ」


「……そうか」

 後継が欲しいのは国民も一緒だ。


 アンドールは顎に手を添え目を閉じて、うーん、と考え込む。そして、カッと目を見開き、「それだ!」と叫んだ。


 シリウスは嫌な予感がする。アンドールが何かを思い付く時、面倒くさくなる事が多いからだ。アンドールはびしっとシリウスを指差すと、王族の顔で命令した。


「シリウス! おまえ、結婚しろ!!」


「はあああ!?」


 やはり、とんでも主君である。





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