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 大学を出た俺は、その足でお由宇のところを訪ね、次いで、聞き出した英の入院先へ向かった。面会時間にうまい具合に滑り込み、ようやく中に入った俺を、英はミイラ男一歩手前と言った格好で迎えた。

「や…あ…」

「…えらく…派手にやったものだな…」

「しばらく身動きは…無理だな……看護師が美人なんで助かるよ…」

 英は、強気にウィンクをして寄越した。それでも口調ほどは軽々しくない、腫れ上がった瞼の下の目が、鋭い光を宿している。

「よく、朝倉さんが外に出したね…」

 周一郎の名前が出た途端、俺はごくりと唾を飲み込んで尋ねた。

「車が……爆破、されたって?」

「いや…ちょっとした事故だよ…」

「周一郎がそう言えと言ったのか?」

「本当に…事故なのさ」

「……ああ、そうだな。本当は『周一郎が乗るはずの車の』、な」

「!」

 目に見えて英は動揺した。さすがはお由宇、鎌のかけ方はプロだ。素人の俺がやってもこれほどの効果が上がるんだから、お由宇本人がやっていたら、英はさぞかし肝が冷えただろう。だが、英も伊達に新日本タジックを率いているのではない、すぐに俺の背後にいる人間を見抜いた。

「佐野由宇子さん、だね? やれやれ。手強い女性だ」

 さっきまでの弱々しい口ぶりが嘘のように呆れて見せる。

「…本当なのか?」

 俺はなおも英に詰め寄った。

「狙われたのは、『あいつ』なのか?」

「その様子じゃ、また何も知らずに飛び込んで来たね? ま、もっとも、朝倉さんが君においそれと話すとは思えないからな」

「英」

「…」

 迫ろうとすると、英はちらっと部屋にいた男に目配せを送った。男が頷き部屋を出て行く。カチリ、と鍵の閉まる音がして、英は少し溜息をついた。

「これで落ち着いて話せる」

「………」

「…その通りだよ」

 昨夜ぶっ飛ばされたばかりだと言うのに、英は極めて冷静だった。

「本当なら、あの車は朝倉さんが乗るはずだった。一昨日、朝倉さんがこちらへ来たとき、あの車の調子が悪くてね。急いでいると言うものだから、こちらの車を貸したんだが……」

「英……九龍って言うのを知ってるか?」

「九龍? 聞かないな」

「そうか…」

 英も知らないのはどういうことだろう。俺はそういう役には立たない……せいぜい枕代わりがいいところだから話していない、と言うのはわかるんだが……。

 ただ、お由宇はその名前に覚えがあるように、一瞬眉をひそめたっけ。

「ほら…それだ」

「え?」

「君と言う人間は、いつも妙な所で核心を突いてくるからね、また調べておくよ。……それより、これは……さすがに君でも知らないと思うんだが…」

「何だ?」

高柳慈たかやぎ いつき、と言う名前を知っているかい?」

「…いや…?」

「別名、『朝倉』慈、朝倉大悟の『実子』と言う噂だよ」

「っ」

 思わず呆然と英の顔を見つめた。

「そんな……今まで、そんな話はなかったじゃないか!」

「朝倉大悟が死んだのを知らなかったそうだ。16歳の少年で、母親は北国の生まれ、大悟が北欧に旅行した時の子どもらしい。こう言う時の遺伝は父親の影響が大きいそうだが、慈はプラチナブロンドにブルー・アイ、外見はほぼ北方の人間らしいよ。母親は月々送られてくる送金だけで満足していたらしいが、慈の方は一度は父の顔を見てみたいと思っていたんだろうな、母親が病死した時点でこちらへ来たいと伝えている。それが約1週間前」

「…本当に、大悟の息子なのか?」

「さあ、真相はどうも、ね。プラチナブロンドにブルー・アイと言うのも胡散臭いが、問題は血のつながりじゃない、朝倉家の当主たる資格の有無、だよ」

「それなら当然…」

「朝倉さんだって? 違うよ、滝君」

 英は殺気だった表情になった。

「まず一つ。慈は大悟直筆の証明を持っている。朝倉家の当主としての資格は持ち得る、と言う奴をね。法律的には意味を成さないかもしれない。しかし、あの『朝倉大悟』が認めたんだ、『朝倉財閥にとっては』十分意味を持つ。次に、朝倉財閥にも、朝倉周一郎を当主に戴くのが耐えられない人間が居る。以前から大悟の後釜を狙っていた連中だ。彼らにしてみれば、代わりの『操り人形』さえ手に入れば、いつでも周一郎さんを抹殺したいところだろう」

 じゃあ、あの九龍とか言う奴も、その中の一人なんだろうか。

「そして、三つ目」

「まだあるのか?」

「極め付けのが、ね」

 英は苦しそうに眉を顰めて、体を動かした。手を貸し、少し支えてやる。

「ありがとう……実は、高野さんさえも、大悟の息子じゃないかと思っている点がある」

「何だ?」

「仕草、だよ」

「仕草?」

 思いもかけぬ返答にぽかんとする。

「そう。その慈って言うのが、実に大悟によく似た仕草をするそうだ。先に慈に会った高野さんなんか、一瞬大悟が帰って来たのかと思うほどそっくりだと言っていた。付け加えるなら、慈もかなりの切れ者らしくてね、『秘書』の木暮宗こぐれ そうを駆使して、向こうでも会社を1つ2つ乗っ取ったそうだよ。……絵に描いたような息子だろ?」

「ふ…うん…」

「正直なところ、不利だね、朝倉さんは。もう一つ、厄介なこともあるし」

「厄介なこと?」

「そうだ。厚木警部と言うのは、確か君の知り合いでもあっただろう? 彼が今、盛んに朝倉さんを突いているよ。いや、朝倉財閥を、と言うべきかな…」

 英は、落ち着いた口調で厚木警部が周一郎を突きにかかった経過を話してくれた。

 それによると、事の起こりは今月の初め、2月3日に一人の工場主が爆死した事件だった。その小木田工業は元々朝倉系列の会社だったが、今年に入ってすぐ朝倉財閥から見限られた。製品の不出来が続くと言う事だったが、実のところ、それは表向きの理由、朝倉周一郎直々の指示によって不良品を売り捌いていたのを警察に嗅ぎつけられた為というのが業界でのもっぱらの噂、だがそんなことはよくある話で今更汚いと罵るようなものじゃない。問題は、小木田工業の工場主である小木田源治が、朝倉財閥の諸々の内幕をバラすと脅迫していたらしいと言うこと、その噂が広まるや否や、小木田の爆死が起こった事の2つだ。

「つまり……小木田とか言う奴の爆死に、周一郎が噛んでいた、と?」

「そればかりじゃない、小木田の爆死は社会的には『事故』として取り扱われた。圧力が加わったと見るなら、圧力の出所は素人でもわかるだろう? 今日の僕の状態が『事故』の結果だと言うのと同じぐらい、ね」

 英は小さく溜息をついた。

「四面楚歌…か」

「君でも知っているのか」

「ほっといてくれ」

「けれどね、厚木警部については、そう心配していないんだ。今までにもこう言うことはあったんだからね」

「…お由宇が…」

「うん?」

「お由宇が、厚木警部についた、としたら?」

「え?」

 英はぎょっとしたように身を起こし、痛みに呻いてしばらくおとなしくしていたが、やがて、

「…そうか……じゃあ彼女は、この際一気に朝倉さんとの『ケリ』をつける気だな」

「?」

 事情の飲み込めない俺に、英はふっと笑った。

「佐野由宇子、と言う人は『その筋』じゃ有名な女性でね、今まで何度も朝倉さんと遣り合っているよ。勝負はいつも五分五分……君が水を差した一件もあったみたいだが…」

「俺が…?」

「しかし……そうか、佐野さんが厚木警部側に回るのか……それじゃあ僕も保身を考えた方がいいな」

 英はくるりと俺を振り向き、にっ、とどこか鋭い眼をして笑った。

「君は『どちら』だい、滝君」

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