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『そして、別れの時』〜猫たちの時間13〜  作者: segakiyui
11.俺の死んだ日

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3

 けれど一体、と俺は考えた。 

 どこのどいつが暗殺予告なんぞ出しやがったんだろう。第一、どういうつもりで予告なんかして来たんだ。そりゃ、周一郎を殺したい、と言うのは分かる。けれども予告なぞ出したら、周一郎が警戒してやりにくくなるだけじゃないか。それだけ腕に自信があったのか? にしても、いくらプロだからと言って、仮にも朝倉財閥の当主、ただでさえ殺りにくい相手を、わざわざもっと殺りにくくしてやることはないような気がするんだが、これは素人考えというものだろうか。

(それに)

 考えてみれば、予告状はどうやって周一郎の元に届いたんだ? 一番初めのものは『九龍』のサイン入り、木暮も自分のだと認めたが、後のカードは知らないと言っていた。騙されやすい俺かもしれないが、それは本当のように思える。ってことは、後のカードの差出人は別人だったわけだ。そもそも届いた封筒は真っ白、『宛名さえ』なかった。そんなものがどうやって、周一郎の手元にまで届いた? まさか『手渡す』ことはないだろう……もっとも、高野が周一郎を殺したがっていたなら別だが。

「え…?」

 ふいに、頭の中に閃光が走ったような気がした。

 暗殺の予告が出来るのは一体誰だろう。宛名がないから、郵便で届いたんじゃない。朝倉家へも別荘へも来ていたことを考えれば、周一郎の動きを知っていて、尚且つ、両方に伝手があった人間ということになる。それにもし、あのカードを木暮が出していないとなれば、ひどく妙なことになる。カードには『後○日』としか書かれていなかった。木暮の手紙があったからこそ、俺達はあのカードを『暗殺予告』だと思ったわけだ。もし、木暮の手紙がなければ、あれだけで『暗殺予告』だと知らせるのは難しかっただろう。犯人は木暮の手紙まで計算に入れてたんだろうか。入れてたとすると、木暮の手紙が来たのを知っていた、ということになるのか? 高野さえ知らなかったのに?

 お由宇のことばが蘇る。予告が来始めたのは2月18日、予告日は2月28日。わずか10日間の我儘。誰の、誰に対する我儘、なんだ? 結構『犯人』が自首してくるかも知れないわよ。『なぜ』『俺に』なんだ? 警察じゃなく?

 すみ…ません…と泣き声が耳の奥で谺した。謝罪を受けるのは誰だろう。『なぜ』周一郎は俺に謝らなければならない? 千夏のことで、か? 事件に巻き込んだことで、か? ひょっと…して。

「…は…」

 ベッドの中の周一郎が息を吐いて身動きし、俺は相手に意識を戻した。

「…い…たい…」

 小さく呻いて、周一郎は首を背けた。じっとりと汗に額を濡らし、眉を寄せて、息を喘がせている。意識が戻ってくると同時に、傷の痛みがぶり返して来たのだろう。幼い顔で弱々しく俺を呼んだ。

「…た…きさ…ん…」

「に? にぃん」

 鎮痛剤の用意をしている俺の横でルトが目覚め、心配そうにざらざらした舌で周一郎の濡れた髪とこめかみを舐めた。

「にぃ…ぃん。にぃん…」

「心配するなって。ちゃんと薬があるからな」

「にぃぃん…」

 俺の言うことなど耳に留めていないらしく、ルトは一所懸命に周一郎を覚醒させようとしている。前足でちょいちょいと周一郎の頬に触れ、舌で舐め、それでも主人が目覚めようとしないのに、ヒステリックな声を上げて俺を促した。

「ににゃっ、にゃいっ!」

「わかったよ。起こせってんだろ」

「う…」

 だが、手を伸ばすより先に、周一郎は唐突に目を開けた。熱っぽく潤んだ瞳がぼんやりとこちらを捉え、やがて次第に大きく見開かれてくる。そこに居る筈のない誰かが、自分を覗き込んでいるのに気づいた、と言いたげに。

「…滝……さん……?」

 薄く開いた唇が、恐る恐ることばを紡ぎ、慌てて閉じられた。まるで、俺が夢の中の登場人物で、微かな吐息一つで吹き消されてしまうと悟ったような仕草、いつも人を冷然と見下す、強かな光を含んだ黒の瞳が怯えていた。

「どうした?」

「……滝、さん……」

「ああ?」

「どうして……ここに……居る…?」

「……?」

 舌足らずな口調で問いかけられて、俺はことばを失った。周一郎は相変わらず怯えと不安を一杯にした瞳で、しばらく俺を食い入るように見つめていたが、やがて小さく息を吐いて目を閉じた。

「周一郎?」

「っ」

 額に触れた俺の指に、びくっと身体中を強張らせて目を開ける。

「苦しいのか?」

 微かに首が動いたようだった。

「医者、連れて来ようか?」

「…………」

 今度ははっきりと、下唇を噛んで辛そうに眉をひそめながら、周一郎は首を横に振った。少し眉根を緩めて伏し目がちに、

「知……ている…でしょ…う…?」

 苦しそうな声音が途切れ途切れに囁いた。

「え?」

「僕がどう言う人間だか、知っているでしょう…?」

「……」

「慈にどういう仕打ちをしたか、わかっているでしょう…?」

「………」

「お由宇さんや厚木警部や……木暮や…慈や……多木路…夫妻から……聞いた…でしょう…?」

「にゃ…う…」

 ルトがそっと周一郎の頬に頭を擦り付ける。小さな青灰色の頭を、掛け物からのろのろと抜き出した手で優しく撫でながら、周一郎は目を上げた。俺の答えがないのを予測していたかのように、深い色を湛えた瞳で、にこ、とどこか力なく笑って続けた。

「そう…なんです。それが……『朝倉周一郎』なんです…」

 切なげに眉が寄る。それでも強いて、淡い、今にも消えそうな笑みを浮かべて、周一郎は続けた。

「だから…滝さん………だから…」

 ここに居てくれなくてもいいんです、と瞳が語った。

 僕には、その資格がないんだから。

 俺はタオルを洗面器の水に浸して絞った。

 窓の外は依然として降りしきる雪、この分じゃ、また積もるに違いない。絞ったタオルを周一郎の額に乗せる。体を震わせた周一郎が唇をより強く噛む。が、その表情は、俺が椅子に戻って腰掛けた気配に、再び頼りなく緩んだ。

「…うして…?」

「……」

「どうして……居て…くれるんですか?」

「…言ったろ。怪我人は食って寝て治るのが仕事だ。余計なことに悩んでる暇があったら、寝てろ」

「だって…」

 額から目元にかけて掛かったタオルの下、周一郎は呟いた。

「だって……僕は……僕には…そんな…資格………」

 口を噤む。雪の降る音が聞こえそうな沈黙の後、周一郎は決心したように口を開いた。

「滝…さん」

「うん?」

「最後の謎解きを……しましょうか…?」

 いや、要らない、と俺が言うのを待っているように、周一郎はことばを切った。

 だが、俺には要らないとは言えなかった。ひょっとしたら、俺は正しい答えを掴んでいるのかも知れない。けれども、その切っ掛け、動機という奴がどうにもわからなかった。

「……そうだな」

 またびくっと周一郎の肩が震えた。強張る唇を無理やり押し広げるように、掠れた声が零れる。

「暗殺予告状を出したの…」

 再びためらい、やがて自嘲の響きを満たして、

「『僕』なんです」

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