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『そして、別れの時』〜猫たちの時間13〜  作者: segakiyui
11.俺の死んだ日

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2

 多木路夫妻が俺に会いに来たのは、今日の昼を少し回った時だった。

「滝様」

「うん?」

「多木路ご夫妻がお見えになられました……如何致しましょうか」

「っ」

 高野が周一郎の部屋に詰めていた俺に告げ、ぎょっとして立ち上がった俺は、危うく椅子に蹴躓いて転けそうになった。

「滝様…」

「会うよ。通してくれ」

「……かしこまりました」

 一瞬ためらい、高野は深く頭を下げ、姿を消した。らしくもなく、胸が早鐘のように打ち始め、セーターにジーパンという、いつもの冴えない格好ながら、俺はバタバタと埃を払った。両親だと言うのだ。20数年、行方不明の俺を探し続けてくれていた、と言うのだ。

「ふ…」

 背後で周一郎が吐息をつくのが聞こえ、俺は動きを止めて振り返った。目覚めてはいないのに、どこか不安そうに眉根を寄せている。俺は少し笑って向きを変え、ベッドに歩み寄った。いつものように、曲げた指で軽く頭を叩いて安心させてやろうと思ったが、起こしそうなので止めた。代わりに一言、

「ちょっと行ってくる」

「…」

 聞こえたのか聞こえなかったのか、周一郎はなおも不安そうな表情のままだった。振り切るように背中を向け、部屋を出る。出た所に、高野の妙に老け込んだ姿があった。

「…滝様…」

「ん?」

「……あの……坊っちゃまは…」

「寝てるよ。見ててくれ」

「はい……ですが、滝様」

 何か言いたげな高野に、不器用にウィンクする。

「『ちょっと』見ててくれ」

「は、はい」

 はっとしたように高野は頷いた。

 わかってるんだよ、高野。俺は自分のしなきゃならないことも、言わなきゃならないことも全部わかっている。今度ばかりは運命の神様が、先に台本を見せててくれたらしい。

 廊下を歩き、階段を下り、勝手知ったる洋館の中、一階の客間に向かう。既視感デジャ・ヴがあったはずだ、ここは他ならぬ、俺の育った場所の一つなのだから。

 ノックをする。しばらくおいて、震える声音が許可した。

「どうぞ」

 ドアを開けて、まず飛び込んだのは所在なげに立っている浅田の姿だった。続いて正面に、温和そうな半白髪の紳士、その隣に上品そうなグレーのスーツの婦人が立っているのが目に入る。婦人の方は早くも瞳を潤ませて、俺を見つめている。2人の背後から差し込む陽射しが目に痛かった。

「滝君……多木路夫妻だ」

 浅田が掠れた声で紹介し、すっと足を踏み出して俺とすれ違いながら付け加えた。

「僕は少し席を外すよ……義兄にい…さん」

「…朗…」

 浅田が部屋から出て行き、ドアが閉まるや否や、婦人がたまりかねたように、一声、俺を呼んだ。

「あなた…なのね…? 夢では……ないわね?」

 幼い少女のように確かめ、食い入るように俺を見る。

「朗…だよ、母さん、間違いない」

 紳士が低い、けれどもはっきりした声で言った。

「私達が間違えるわけがない」

「………」

 俺は声もなく、2人の男女を見つめていた。

 婦人のあの細く白い指が、あの額縁を彫ったのだろうか。涙に潤んで、それでもなお大きく見開かれてこちらを見ている瞳が、俺を半狂乱になって捜してくれたのだろうか。紳士のあの眉の形は、いつも鏡の中で見ている誰かの眉を、ひどくはっきり思い起こさせる。泣き出すのを堪えるように食いしばられた唇は、俺の名を何度呼んでくれたのだろう。そして、なんとためらいのない確信を持って、この2人は、俺を『多木路 朗』として扱うのか。親というものは、ここまで血の繋がりを信じているのだろうか。

「おとう…さん……おかあ…さん…ですね?」

「朗!」

 ぎこちなくかけたことばに、婦人が駆け寄りしがみついてきた。

「もう離さないわ! ええ、離しませんとも!!」

「朗…」

 紳士が静かに肩に手を乗せる。

「よく…帰って来てくれた…」

 声が深く、滲んでいた……。

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