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 リッ、ジリリリリリ…、

「わ…! わたっ! わたたたたっ…わーっ!!」

 ドスッ! グシャッ! ガタガターンッ!!

 いつの間にかうとうとしていた俺は、突然鳴りだした目覚ましに慌てて跳ね起き、止めようと焦りバランスを崩した。ただでさえいろんな物を積み上げて狭くなっている机に突っ伏していたものだから、本の山が崩れ落ち、ノートの川がなだれ落ちるのは仕方ないとしても、肝心の目覚ましがその上に乗っかっていて、かてて加えて伸ばした手は届かず、立ち上がった拍子に棚から突き出ていた本で頭を打ち、衝撃で本が跳ね上がり足元がふらつき、ふらついて躓き、躓いて椅子もろとも本と一緒に背後へひっくり返るなぞという事態に至っては、さすがの俺も完全に死んだ。

 ジリリリリリ…。

「うぐ………ん……?」

 鳴り続けるしぶとい目覚まし時計を横目に、本とノートそのほかの日用雑貨の海に溺れかけていた俺は、バタバタと駆けて来る一つの足音に気を取られて、もがくのを止めた。次の瞬間、ドアがこれ以上派手な音は立てられないと言う勢いで開き、同時に周一郎が飛び込んで来た。

「滝さん! …え…」

「え…?」

 しばしの沈黙、どちらも相手の状況が掴めない。周一郎は縞のパジャマ一枚、乱れた髪から察するに、今の今まで眠っていたのだろう。それが、ここ2、3日見せなかった子どもっぽい不安を満面に泛かべて、ドアを開けたままの姿勢で立ち竦んでいる。俺はと言えば、目覚まし時計の音をBGMに『シンクロナイズド・スイミング』の真っ最中……だが、立ち直りはやはり相手の方が早かった。

「…何をやってるんですか」

 周一郎は、俺がどうやらいつものドジをやらかしたのだと見て取ると、露骨に冷たい眼になった。ドアにもたれて腕を組み、

「今、何時だと思ってるんです?」

「え…えーと……その…………2時、かな?」

 俺は目覚まし時計を盗み見て、ぼそぼそ答えた。

「真夜中の、ね」

「あ…ははっ…」

 溜息まじりの皮肉な呟きに、引きつり笑いで応じる。他にどうせえっちゅうんじゃ!

「僕は明日、早いんです。もう、馬鹿な騒ぎで起こさないで下さい」

 言い捨てて、周一郎はくるりと背を向けた。

 ふん、そーですか、悪かったね、無職の暇人で! 俺だって、一応これでも、俺なりに悩ん……悩………わ。

「おーい…」

「何ですか」

 情けないのを通り越し、惨めな気持ちで呼びかける。周一郎がやれやれと言った様子で振り返る。

「…起こしてくれ」

「自分で起きられないんですか?」

 起きられるなら誰が頼むかよ! 俺の『出来の良い』足が絡まっちまって、おまけにそこに椅子の野郎が『懐いて』るんだっ。

 周一郎は俺の胸の奥のぼやきに気づいた様子もなく、ドアを閉め、すたすた部屋の中に入って来た。掠れた声で起床を呼び続ける目覚まし時計を止め、本を幾冊か片付け、その下になっている俺の足と椅子の脚パズルを、感心して覗き込む。

「よく…こんな器用なことが出来ますね」

「どーせ、俺は変態だ!」

「…ん……と」

「あちっ……こ…こらっ、もっと丁寧に……ったたっ!」

「こける方が悪いんでしょう? ……はい、出来まし……くしゅっ!」

「ん?」

 唇に薄く笑みを浮かべた周一郎が、俺の足を解くと同時にくしゃみをし、俺は慌てて立ち上がった。そうだよな、パジャマ一枚じゃ、さすがに寒いはずだ。ソファに放ってあったカーディガンを掴み(今年の冬、何を思ったかお由宇が編んでくれた)、続いて二度くしゃみをした周一郎の肩から駆けてやる。

「…いいですよ」

 周一郎は首を振って、カーディガンを肩から落とし俺に返して来た。

「良くない。風邪でも引いたらどうする?」

「良いですって…部屋まですぐなんだし」

「風邪は万病の元って言うだろ?」

「大丈夫で……っくしゅんっ」

「ほら見ろ!」

 断り駆けた周一郎がまたもくしゃみをし、俺はざまあみろとばかりに周一郎にカーディガンを巻きつけた。

「人の好意は素直に受けとけ! 悪い癖だぞ、その意地っ張り」

「だって…」

 呟いて、周一郎は少し首を傾げて俺を見上げた。

「ん?」

「…いえ……良いんです」

 一瞬何か言いたげに開いた唇は、違うことばを無理やり紡いだ。淡々としたなんの感情も含まない眼になって視線を逸らせ、カーディガンに腕を通しながら、

「今日、浅田さんに会ったんでしょう?」

「ああ……え? 知ってたのか?」

「あ…その……高野が言ってたから…」

 口ごもって僅かに赤くなった周一郎に、俺はきょとんとした。話したっけ……? 高野に?

「それで、どうだったんです?」

「あ…うん」

 俺は促されて、昼間のことを思い出していた。


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