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『そして、別れの時』〜猫たちの時間13〜  作者: segakiyui
8.京都舞扇

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34/40

2

 浅田が来たのは、その日の午後、そろそろ3時を回ろうかという時刻だった。

「滝さん」

「どうも…」

「どうしたンです? いやに疲れているようですが…」

「いや、そのちょっと、屈折した人間と屈折した話をしたもんで…」

「は?」

 訝る浅田に、俺はほんの数時間前のことを思い出していた。


「木暮?」

 お由宇の不思議そうな目に、もじもじしながら俺は頷いた。

「彼がどうかしたの?」

「いや、その、木暮と慈は、つまり……恋人…同士だったわけ、だろ?」

「そうよ」

「で、普通、恋人ってのは、大切なものだよな、男女の場合」

「男同士でも、そう呼び合う以上は同じでしょうね。想うこと、それ自体に性別はないんだし」

「そこが引っ掛かるんだ」

「え?」

「慈は、暴行を受けた後でも、木暮に抱きついたんだろ? 自分を襲った奴らと同じぐらいの男なのに」

「それだけ、木暮に心を許していたってことになるのかしらね」」

「百歩譲って、慈が何か意図があって木暮にしがみついたにせよ、それは木暮が自分を受け入れてくれると思ってたからで、つまりは、それだけ木暮を信頼してたってことだよな?」

「人のことになると、そこまで分かりがいいくせに、どうして自分のことはわからないわけ?」

「ほっといてくれ。…で、つまり、普通の恋人同士なら、もう片方が死んだ場合って、残った方はかなり悲しむもんだろ?」

「……」

「特に慈の場合、『そんなこと』があっても、まだ木暮を求めたわけだし、その相手が殺されるだけでもショックだろうし、おまけに遺体が見つかっていないってのは、かなり拘っていいよーな気がするんだが…」

 俺の脳裏に、朝の慈の様子が浮かんだ。確かに沈んではいたが、窶れた様子はなかった。ほとんど一心同体の相手を亡くした人間にしては、妙に醒めている気がした。もし慈にとって、木暮がただの道具としか見えていなくても、もうちょっと悲しみようがあるような気がする……たとえ、あの朝倉大悟に認められたほどの切れ者だとしても。

「…いえ…切れ者なら、なおのこと、取り乱してもいいはずだわ…」

「え…?」

 お由宇が考え込んだ顔で呟き、俺は相手の眉根を寄せた顔を見た。

「だって…少なくとも、慈と木暮の結びつきの強さは周囲も知っていたはずだもの。取り乱さない方が……ひょっとしたら……そう…かも知れない。そう考えれば、全部辻褄が合う…」

「お由宇?」

 黒い眼がきらきらと光を放ち始めていた。緋い唇がゆっくり両端を上げていく。

「そう…木暮…だったのよね、死んだのは。…悪くない考えだわ」

「おい…何のことだよ」

「木暮、拳法を齧ってるって言わなかった?」

「ああ、言ってたが…それがどうした? 大体、お前、あいつのことを知ってるのか?」

「ま、ね」

 お由宇はふっと瞳の光を弱めた。どこか遠い目になって、

「よく知ってるわ。香港では知られた名前よ」

「香港?」

「言わなかった? 私、日本こっちへ来るまでは、香港にいたの」

 さらりと流したことばが僅かに憂いを帯びた気がした……。


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