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『そして、別れの時』〜猫たちの時間13〜  作者: segakiyui
7.銀幕紙芝居

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4

「滝さん?」

 周一郎も同じ気持ちだったらしい。訝しげにことばを継ぐ。

「滝さんがどうかしたんですか?」

「……『それ』ですよ」

 厚木警部はにやりと笑ったようだった。

「初めは、『それ』、に気づいた。あなたは、滝君に対しては不思議と執着する。他のどんな人間に対しても、いつも冷酷なほど醒めているあなたが、あの男に関しては、肉親と呼んでいいほどの扱いをする。ドジでお人好しで、どちらかと言うと抜けている滝君と、経済界の『氷の貴公子』、血も涙もないと言われている青年実業家、面白い取り合わせだと思っていた」

 ……かなりな言われ方をされている気がする……。

「誤解をしないで下さいよ。私だって、初めから滝君に引っかかったわけじゃない。資料をまとめ直した時のおや、と言うのも、言ってしまえば刑事デカの勘以上のものじゃない。朝倉周一郎ともあろう人間が、どんな男に拘っているのかと興味を持って……滝君を調べてみた。何、そう時間はかからなかった。滝君は見ての通りの一般人、経歴と言っても並べ立てるほどのものはない、孤児だったことぐらいだ。だが、そこで私は気になった。こんな平凡な男とあなたがどうして知り合ったのだろう、と」

 周一郎の返答は沈黙だ。

「事件にはいろいろな背景がある」

 厚木警部は唐突に話題を変えた。追い詰められていく人間に対しては、酷なほど絶妙な焦らせ方だった。

「近景もあれば遠景もある。見過ごすほどのささやかな犯人ホシの習慣が、実は全ての鍵だったなんてことも珍しくはない。滝君は、あの事件で言えば、ほんの脇役でしかなかった。どちらかと言うと、事件に巻き込まれただけの哀れな被害者と言う役割だ。だからこそ人々は滝君の姿を視界に入れながらも、彼を背景としてしか意識しなかった。また、滝君と言う人間キャラクターは、そう言う意味ではでき過ぎた人間だった。どれほど事件の渦中に居て、どれほど事件の真相に近づいていようと、あの性格と人柄で、その重要性をほとんど感じさせない。ごく少数の人間だけがそれを見抜く……由宇子や英さん、のように。『ミス・キャスト』……」

「!」

 俺はぎくりとした。そのことばこそは、あの事件の種明かしの際、周一郎が俺を評して言った台詞ではなかったか。

「…と言ってもいいかも知れない、少なくとも、あなたの意図から言えば」

「どう言う意味です」

 凍るほど冷たい声音だった。問いかけの形を取ってはいたが、真っ向からの挑戦状とも取れた。

「滝君に目を向けると、事件は全く違う色合いを帯びるからです。あの事件の主人公は、世間で言われているような悲劇の少年、朝倉周一郎ではなかった。奇しくも無理矢理事件の中心に置き去られたように見える滝君だったとするならね」

「……」

「私も、滝君に焦点を合わせて初めてわかったんですよ。事件の主人公が、一番損な役回りをしているように見えていた滝君だとね。そこで、滝君を中心として資料をまとめ直していきながら、私は考えた……これはひょっとして、大きな『からくり』なんじゃないかと。『からくり』とは古風だと思われるかも知れないが、それに相応しい舞台でしょう? 大きな屋敷、次々起こる殺人事件、中心に取り残された美少年、巻き込まれた平凡な男……こう言う時、人は誰も『平凡な男』なんか中心に捉えやしない。だからこそ、見事なカムフラージュになったわけだ。ただ一つのミス……滝君を、その役に割り振ったことさえ、なければ」

 俺は、事件の種明かしをゆっくり思い出していた。そうだ、確かあの時も、周一郎はそう言った。あなたを選んだのは自分のミスだった、と。

「謎は幾つか残っている。すでに、大学課程まで終え、遺産相続争いに巻き込まれているあなたが、どうして滝君のような一般人の他人を、ただでさえごたついている朝倉家に住み込ませることにしたのか。中途半端な時期に馘にしたかと思えば、朝倉家とは何の関係もなくなったはずの滝君に、ルト、でしたか、あの猫が付き纏い、わさわさ殺人現場へ引っ張っていく。おまけに都合良くあの場に残っていたスカーフに、滝君が見覚えがあるとくる。滝君の立場に立ってみれば、妙なことばかりのはずだ。だが、滝君はその後再び朝倉家に戻っていく……何が、彼をそうさせたのだろう、と言う所ですな、私が小説家だとしたら。あいにく、私は小説家ではない、が、想像を逞しくすることは出来る……ひょっとして、あのドジでお人好しで、そのくせ何もかもわからないままと言う状況に納得できない男が、訳のわからない事件に巻き込んだ元凶のあなたの所へ戻っていくと言うのなら、『何らかの』説明がされたのではないか、と。何か、全てを納得させる『ある話』を聞かされたのではないか、と。そうして思う訳ですよ、もし、これがもっと当たり前の、通りすがりの誰かだったら、あなたはもっとスムーズに事を運べただろう。滝君だからこそ、あなたは予定外の多くの行動をする羽目になり、挙げ句の果てに、山本に撃たれると言う状況まで『作り出さなくてはならなかった』のではないか」

「?!」

 俺はぎょっとした。

 なお、厚木警部は淡々と続ける、物語を読むように。

「そうですよ。あの最後、あなたは撃たれずに済んだ。ルトに私を連れて来させて、それで物語は終わりになるはずだった。なのに、滝君が来てしまった、お節介にも。勿論、滝君を銃口から庇い、自分も怪我をする事なく、あの場をやり過ごすことは出来た。けれど……そうした時、あなたは、不味くすれば、滝君と私の前で新たな嘘を重ねるか、一切を話さなくてはならなくなる。滝君を馘にした時点で、あなたは既に滝君に特別な思い入れを持つようになっていた。滝君を事件の目撃者として利用することさえやめて、自分を晒してまで滝君をことさら遠ざけたのは、彼を巻き込むまいとしたからだ。だからこそ、あなたはあの場で、滝君の身代わりになって時間を稼いだ。滝君に真実を告げる決心をする時間と、世論があなたに同情し、滝君があなたの告白を聞いて、万が一世に訴えても誰も信じなくなるまでの時間を……」

 厚木警部は、一旦ことばを切り、息をついた。それから静かに、

「…以上が、由宇子と私、それに『録音テープ』と『彼女』が残していた朝倉周一郎についての極秘資料を合わせた、私なりの結論です。あの事件は起こるべくして起こった……ある一人の人間が巧みに組み上げた事件……滝君は事件の中心であると同時に、道化の主人公、裏で全てを操っていたのは……あなた、だ、とね」

「……もし、それが真実だとして」

 驚くほど平静な周一郎の声が応じた。

「そこまで確信を持ちながら、どうして僕を捕まえないんです?」

 どこか、微笑を含んでさえいるような声だった。

「…解明に取り掛かった途端、上から圧力がかかりましたよ。これ以上の追及は罷りならん、とね。追及するなら警部の地位を諦めろと。それ以上の追及は諦めきれない、が、警部の地位も捨てきれない。ならば時期を待つしかない。そう思いました。『鈴音テープ』と資料は、私にとっては衝撃でしたよ。他の連中は一笑に付した『あのことば』は、私にとって天啓と言っても良かった。『そう』考えれば、あの最初の事件を繋ぐ一本の糸が見える。……今度の事件、滝君の側にルトがいましたね、『あの時』。滝君が心配で、ルトを側から話せなかったんでしょう? ルトなら、あの開いた窓のどこからでも姿を消せたはずなんだ」

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