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『そして、別れの時』〜猫たちの時間13〜  作者: segakiyui
7.銀幕紙芝居

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30/39

3

(あの時からだよな)

 心の中の引っ掛かりは、慈との話を終えてから、一層深々と心の底に喰い込んできたような気がする。

 慈の話を聞けば、木暮は俺と同様、何歳も年下の餓鬼にいいようにあしらわれている哀れな男ということになり、慈が木暮の死に関してあまり取り乱さなかったのはわかる。が……。

『………滝さん……僕のこと……知ってるでしょう?』

 慈の口から、どうしてあの台詞が出たのだろう。俺が周一郎の頭脳ブレイン…かそれに近い人間だから知っているだろう、と誤解しているのか。にしては、嫌に確信ありげだった。まるで、俺が、慈に関する詳しい調書を読んでいるところを見ていたような言い方だった。

「!」

「ん? どうした? ルト?」

 びくっ、と耳を震わせ、ルトは体を起こした。耳を立てる。桜色の窪みの奥で何を聞いているのか、そろそろと膝の上に立ち上がる。ゆっくり顔を上げ、何か遠い世界から漂ってくる危険の匂いを嗅ぎつけたとでも言いたげに目を細める。視線は天井、舐めるように見回している。

「何だ?」

「…」

 俺の問いかけに構わず、ルトは膝から飛び降りた。そのまま、落ち着かなげに尻尾を立てて回しながら、ドアの方へ忍び寄っていく。二間続きの奥の部屋、2階はちょうど木暮と慈の部屋に当たる場所、厚木警部をはじめとする刑事連中の尋問から抜け、ぼんやりしているにはいい場所だと踏んだのだが、似たようなことを考える人間がいたらしい。話し声が次第に近づいてくる。が、ルトが気にしているのは、どうやらそれとは違っていたらしい。途中で向きを変え、小走りに部屋を横切り、窓へ飛び乗った。

「にゃい!」

「開けろってのか?」

 少し出窓になっているガラス窓を押し開き、ルトがすり抜けられる空間を作ってやると、小猫はあっという間に姿を消した。全速力で駆けていく銀の矢を見ている俺の耳に、聞き慣れた声が届く。

「ここにしましょう。人けもないし、ちょうどいい:

(わ!)

 それが、他でもない厚木警部の声と気づいて、俺は慌ててソファにの陰に回ろうとして滑り落ちた。

 ドンッ!

「つっ…」

「おや? 誰かいるのかな…」

(わっ……わっ…)

 近づいてくる気配、境のドアが開く。数歩歩いた厚木警部は、音の原因を開いた窓に求めたようだった。落ち着いた足取りで窓を閉めに行く。

「風のようですな。窓が開いている」

(わーっ!!)

 そこで、ちら、とでもこちらを振り返って見れば、ソファと机の間にひっくり返っている俺が見えただろう。今更、へへ、どうも、と出ていくわけにもいかず、身を縮こまらせた俺は、ヒヤヒヤしながら厚木警部の灰黒色の背広姿を追った。が、相手は招いた人間の方に気を取られていたらしい。窓を閉め、そのまま振り返って俺の上を過ぎた視線は、向こうの部屋の人間に注がれた。

「今日こそは、ゆっくりお話頂けるでしょうな、朝倉さん」

「話にもよりますがね」

 皮肉っぽい、大人びた調子で周一郎が応じる。にやり、といつもの人の良い飄々とした風貌に似合わない、不敵な笑みを泛べた厚木警部は軽く手を払い、煙草を探すべく服のそこら中を叩きながら部屋に戻っていく。

「話…ね。吸ってもいいですか?」

「どうぞ」

 バタン。

「ふう……」

 ドアが閉まって、俺はこっそりと溜息をついた。ったくなんだって、こんな所を選ぶんだよ、これだけ広い屋敷なんだし、内緒話するところはいくらでもあるだろうが。

 が、俺のぼやきは、隣室から漏れてくることばに遮られた。

「肩の傷は、まだ残っていますか?」

「っ」

 どきっとしてドアの方を振り返る。

「…何の事です?」

 落ち着き払った周一郎の声が聞こえた。

「約4年前……ほう、そんなにもなるかな」

 言いかけて、独り言のように厚木警部は呟いた。いつ証拠を突きつけられるかとビクビクしている相手にとっては、この上ないプレッシャーをかけるだろう、確信に満ちているくせに、わざと焦点をぼかした口調だった。

「朝倉家相続の一件、ですよ。暴行された美華さんが殺された時、ナイフについていた血は、『本当は』どんな意味があったんでしょうな。言わせて貰えば、あの時次々起こった事件に、あれほどきちんと証拠、あるいは目撃者がいたっていうことは、いったい何を指しているんでしょうな」

 周一郎は答えない。

「事件てのは、本来不可解なものだ。目撃者がいない殺しなんか、世の中には山ほどある。相続争いもありふれた題材だ。証拠がきちんと揃わない、そんな事件ヤマもあって当然……何せ、事件てのは普通じゃない状況を言うものですからな」

 厚木警部の声は脅しもかけず、殺気も帯びていなかった。数年前の迷宮入りの事件に関して、少々推理マニアの男が自分勝手な憶測を話している、そんなさりげない調子だ。

「……解決はしたはずでしょう?」

 これまた冷静な、周一郎の声音だった。

「それとも、あれは、警察がお手上げになったのを知られまいとしての、偽りの報道だとでも?」

 痛烈な皮肉をさらりと口にする。

「お手上げ? いや、まさか。私は諦めてませんでしたよ」

 厚木警部が平然と応じる。

「おかしいと思い出したのは、あの事件を整理している時です。確かに解決したし、犯人ホシも挙がった。状況は落ち着いたし、世間も忘れ始めている。そんな時に、あの資料を見直していてね、ちょっと引っかかったことがあったんです。おや、とね」

「何をです?」

「滝君、ですよ」

(俺?)

 隣室で、しつこくソファの陰に蹲りながら、俺はきょとんとした。俺? 俺がいたのが、厚木警部に周一郎を追わせた?

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