表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『そして、別れの時』〜猫たちの時間13〜  作者: segakiyui
6.指令T.A.K.I.

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/39

4

「あちちちちっ…」

 向かいの部屋のドアを開けようとして、俺は思い出したように痛み出した頭の傷に呻いた。強がって出て来ず、大人しくベッドにいれば良かったと思ったが、今更戻るのは格好悪い。廊下でしばらく耐えてから、半開きになったドアの前に立ち、ノックをしようとしてドキリとした。

(え?)

 ドアの隙間、ほぼ真正面に、周一郎が横になっているベッドがある。周一郎は目を閉じており、まだ目覚めていないようだ。

 俺がドキリとしたのは、それじゃない。

 周一郎の側、枕元に慈が座っている、その様子なのだ。

 慈は周一郎のベッドの横に膝をつき、両腕をベッドに載せ、その上に顔を預けて周一郎を見ている。プラチナブロンドの眩い容貌が、カーテンを引いて薄暗くした部屋の中で、仄かに輝いているように見える。

 慈はどこか切なそうな眼になっていた。焦ったいような苛立たしいような、そのくせ甘い翳りを帯びた眼で、じっと周一郎の寝顔を見つめている。やがて、慈は少し腰を浮かせて周一郎に屈み込んだ。ためらうように目を伏せ、そっと唇を寄せていく。

「わ…わた? わたっ……わたたたたっ!!」

 狼狽えた俺は後退り、見事に自分の足に躓いた。ふわりと体が浮く。大抵は重力の法則に従って、そのまま後ろへ倒れて行く……。

「ぎゃわっ!!」

 死んだ。完全に死んだ。頭の中は真っ白、続いて真っ黒になり………次に目が覚めた時には再びベッドの中、側の椅子に周一郎が居た。

「お…周一郎」

「……一体、何をやってるんです?」

 周一郎は苛立たしくてたまらないと言いたげに、眉根を寄せて問いかけた。目元には例のサングラス、冷たい口調でことばを継ぐ。

「自分のドジに自覚がないんですか? 27年ドジり続けて、まだわからないんですか? あなたのドジは1、2度死んでも治りそうにありませんね」

「あ…あの…」

「一度切ったところをぶつけるなんて、マゾでもなければ出来ませんよ。ドジの上にマゾなんて、人間じゃないんじゃないですか」

「お…おい…」

「どうしてベッドで大人しくして居てくれないんです? 敵はあなたに焦点を絞ってきているってことぐらい、わからないんですか」

「そ…その…」

「つくづく、理解わかりが悪いんだ、あなたって人は。殺人犯の汚名を着たまま、死にたいんですか?」

 罵倒され続けて、さすがに俺でも腹が立った。

「そーゆーお前こそ、さっきは半泣きになってたくせに、よくそこまで言えた…………え?」

 まるっきりの当て推量は的を射抜いてしまったらしい。周一郎がかあっと見る見る赤くなっていくのが、夕方近くの薄明かりでもわかった。サングラスの奥の眼が殺気立って俺を貫く。

「え…本当なのか?」

「………わかっているなら…」

 ぷい、と周一郎は顔を背けた。相変わらずきつい声で続ける。

「もうバカなことをしないで下さい。それでなくても、あなたはドジなんだから」

「周一郎…」

「…」

 背けた表情はわからない。けれども、椅子の肘を掴んでいる手が白く色を失っていて、喚き出したいほどの激情を必死に抑えているのがよくわかった。

 憎まれ口。胸に溢れるほどの心配を、心配だ、と言い切れない周一郎の、精一杯の対応。

「………悪かったよ」

「!」

 ぴくんと周一郎は体を震わせた。ゆっくり振り返る。その一瞬、サングラスを通さない、そのままの周一郎の瞳が見えた。こちらを凝視する透明感のある黒い瞳。夢の中の10歳の周一郎の背中が二重映しになる。俺は繰り返した。

「悪かった。心配してくれたんだろ?」

「………」

 再び薄く、周一郎の頬に血が昇った。唇を噛む。やがて、ことさら淡々と、

「事情は? わかってるんですか?」

「ああ。大体のところはお由宇に聞いたが……あ、お前、体、大丈夫か?」

「大丈夫です。あなたみたいにバカはしませんからね」

「……」

 わかってはいるが………この憎まれ口はやっぱり心臓に悪い。

「概略を……話しましょうか?」

「ああ、頼む」

「場面は、木暮が、ウェイターからシャンパンを取ったところからです……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ