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「慈ーっ?!」
おい、んなもん、みすみす周一郎の命をくれてやるってのと同じじゃねえか、いくらお前が周一郎のライバルだからって、やっていいこと悪いことがあるんだぞ、と抗議したかったのは山々だったが、叫んだ一言で俺の頭は見事に砕けた。呻いて頭を抱える俺の耳に、苦笑混じりのお由宇の声が届く。
「喚きなさんなって言わなかった? それに、大丈夫って言ったでしょ? 木暮に周一郎は狙えても、慈には周一郎を狙えないわ」
「へ? どうしてだ?」
「……周一郎はね、慈にとっては憎しみの対象でもあるけど、憧れの対象でもあるのよ。自分がどれほど望んでも永久に辿り着けない存在、としてね。逆かも……知れないけど。永久に辿り着けない憧れだから、その激しさを憎しみにするしかなかったのかも」
「あのなあ、お由宇…」
俺は上目遣いに、相手の整った顔を睨め付けた。
「何度も言うようだが…」
「「間接話法は止めろ」」
俺のことばにぴったりお由宇が重ね、にっこりと艶やかに笑った。
「知ってるなら、どうして…」
「それも愛の一つだと言ったら?」
「え…」
どきりとした俺に、お由宇はふふっ、と軽く笑った。
「本気にした?」
「この……っ……病人を揶揄うなっ!!……っっ!」
「あーらら…」
喚いた俺は必然的に再び頭を抱え込み、コーヒーをこぼし掛け、お由宇はくすくす楽しげに笑った。ったく……サドかよ、知らなかったぞ、そんなの。
「…で、現実、の方だけど」
口調を改めたお由宇に顔を上げる。
「あなた、極めて危うい立場に居るわよ」
「へ?」
「第一発見者を疑って言うのは、捜査の基本でしょ?」
「ああ」
「木暮が死んだ時、側に居たのは誰?」
「え、そりゃ俺……え…? お…おい!」
「はい」
「ちょっと待て! 俺は殺ってない!」
「と、大抵の犯罪者は言うものよね」
「あれは、奴のシャンパンに毒が入ってたんだ!!」
「残念ながら」
お由宇はさらりと髪を払った。
「毒が検出されたのは、木暮のシャンパングラスだけよ。もちろん、他の、同じウェイターが運んでいたシャンパンには異常なし。現にその中の一杯を、慈が飲んでいるわ」
「でっ…でも……えーと……じゃあ、誰かが、木暮のグラスに毒を入れた!」
「そうね」
お由宇は初めて頷いた。
「それは同意するわ」
「だろっ? だから、俺じゃなくて…」
「その、誰が入れたか、だけど。広間からあの部屋へ行くまでに誰かとすれ違った?」
「いや?」
「部屋に入った後、誰か来た?」
「いや。入ったすぐ後に、木暮が鍵をかけて……あ」
待てよ? そうだ、木暮は鍵を掛けたんだ。で、それを開ける前に、俺は殴られて…。
「部屋の中に居たのは?」
「俺と……木暮…」
「シャンパングラスに毒を入れられるのは?」
「俺……待、待てっ!」
俺はふわふわ漂い職務放棄する脳細胞を必死に掻き集めた。
「こんなのはどうだ?! 木暮が自分で毒を入れた!」
「…ない、とは言えないけど……理由は?」
「えーと……その……自殺!」
「動機は?」
「世を儚んで、発作的に!」
「発作的に、『あなた』を誘って自殺したわけ? 最愛の慈を放っておいて?」
「う」
行き詰まった。
だが、俺は木暮を殺していない、断じて殺っていないんだ。だから、何か、盲点があって、そこを突くことができるはずで……。
「…あ、窓! 窓は開いてただろ?!」
「あら、凄い」
お由宇はまたにっこりと笑った。
「それ、当たってるわ。無理やりドアを押し破った時には、確かに窓は開いていたの。けどね」
「『けどね』?」
「木暮が『死んだ時には』、窓は閉まってたのよ」
「……え?」
「使用人の一人が、外の針葉樹の手前のぬかるみに、土を蒔いてたの。お客様達の散歩のために。そこでたまたま、あの部屋を通りがかった時、中の光景を見ていたってわけ。木暮が血を吐いて倒れ、側にあなたが突っ立っているという光景を。その時、窓は『閉まっていた』」
「……」
「犯人は誰かしら?」




