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『そして、別れの時』〜猫たちの時間13〜  作者: segakiyui
5.青の恋歌(マドリガル)

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「だからこそ、こちらは、君と周一郎が『そう言う』繋がりだと踏んだんだ。君のドジにも関わらず、周一郎が君を手放さないのは……今回のように、朝倉財閥の危機に際しても、なお君の方を気にするんだからね……『それなりの』報いがあるせいだとしか思えない。また、君も、時々常識はずれの運の良さで、周一郎を助けに走って成功するのも、それだけの危険を冒すだけの『見返り』があるとしか思えない……それでも違うと言い張るなら、どんなメリットがあって、周一郎に付く?」

 メリットなあ……信じちゃくれん……だろうな。放っとけなかった、と言っても。

「何をぶつぶつ言ってるんだ?」

「だから…な…その…」

 俺は口篭り、わかってもらえるような説明を必死に探し……諦めた。仕方ない。結局のところ、そう、なんだ。

「つまり……放っとけなかったんだ」

「何?」

「…放っとけなかった。何度も言わせるなよ、俺だって、言い訳にしか聞こえないんだ」

「……放っ…とけなかった……」

「そう」

 俺は自棄になった。

「なんか、放っとけなかったんだよ、痛々しくて」

「それだけで今まで、あれほど厄介事に飛び込んだのか?」

「飛び込んだんじゃない、巻き込まれたんだ!」

 さあ、嗤うなら嗤え、と身構えた俺を、木暮は奇妙な眼で見つめていた。やがて一言、

「分からないでもない………わかるよ」

「へ?」

「私がそうだ……」

 木暮はじっとシャンパングラスに目を据え、より一層低い声になった。

「私が慈に会ったのは、4年ほど前だ。朝倉大悟とは知り合いだった。今度息子を一人教育したいが、お守り役がいる、と話を持って来た」


 その頃、木暮は裏の世界では少しは知られた顔だった。たかがガキ一人にと渋る木暮に、大悟は巨額の金を惜しみなく積み、口説き落とした。すぐ側でボディガードを務めながら、慈の裏の世界の暗さを知らぬ明るさを、一方では疎ましく、もう一方では眩く感じ始めた時、慈は朝倉財閥の敵対勢力の下部組織に拐われた。慈に魅かれつつあった木暮は自分でも予想外に狼狽えた。自身の情報網を広げると同時に大悟にも協力を要請したが、願いは軽く一蹴された。

「朝倉財閥は一人の人間のために動くことはない、今までも、これからも」

 それが大悟の回答だった。


「朝倉財閥が動かないとわかると、どこからか情報が入った。慈がある場所に閉じ込められていると。駆けつけた私が見たのは、あの子の凌辱された姿だった」

「!」

 思わずぎょっとして相手を見ると、木暮の目が薄暗い炎を宿していた。

「慈はあの通り、見栄えのする外見だ。それまでにも、そういったからかいはあった、が」

 立ち竦む木暮の前に、慈は全裸で放心状態のまま座り込んでいた。私刑も受けたのだろう、慈の躰を汚している血は、座り込んだ床と周囲をも汚していた。虚ろに開いた目がゆっくりと木暮に焦点を合わせる。少し首を傾げ、慈はそっと呟いた。苦痛に噛み切ったのか、血に塗れた唇がたどたどしくことばを紡ぐ。

「そ…う…?」

「慈…」

 怯えさせないように恐る恐る近づいた木暮は、次に慈が取った行動を全く予想出来なかった。

「そ……う……」

「…いつ……き…」

 慈は座り込んだまま、傷だらけの両手を伸ばして、木暮の腕を求めたのだ。

「そう……宗…」

「慈!」

 駆け寄る、手を掴む、渾身の力で抱き締める。しがみついた慈の泣きじゃくる声が耳元で溢れる。熱いものが伝う頬を幾度も木暮に擦り寄せる。その、震える細く小さな躰を抱きながら、温もりに眩暈がするほどの愛しさを感じた。背広を脱ぎ、慈の躰を包んで抱き上げる。一瞬びくっと痛みに震えた慈は、黙って木暮に自らを預けた。そして木暮は、二度とこんな想いをさせるまいと固く決心して、慈を連れ帰った。



「…帰った私は、すぐに朝倉大悟に事の次第を話し、報復措置を願った。だが、大悟は『慈の失態だ。私が動くわけにはいかん』としか応じない。ショックからようやく立ち直った慈も激しく大悟を非難したが、やはり大悟は応じない。やがて、慈は大悟に向かって宣言した。『そこまでして守る朝倉財閥とやらを、いつか僕が乗っ取って見せる』と。大悟は良かろうと言った。そして一枚の証明を……朝倉財閥を継ぐ資格を認める、と言うあの紙を書いた」

 木暮は少しことばを切り、シャンパンで口を湿した。

「それを渡しながら、彼はこうも言った。『朝倉家には周一郎が居る。あいつは手強いぞ……10歳の時にお前と同じ目に遭いかけた。もっともあいつは殺す目的で誘拐されたのだが……3日後、一人で帰ってきた……男3人を廃人にして、な。あいつを倒すことが出来るか』…と」

 そう言えば、一度ちらりと聞いたことがある。周一郎が周一郎たる真価を発揮したのは、その10歳の時の誘拐事件だった、と言う話を。朝倉大悟に恨みを持つ輩が周一郎を殺そうとして誘拐したのはいい。その前に金の交渉を、と欲張ったのが運の尽き、交渉の間にどうやって取り入ったのか、周一郎はいつの間にかその家を自由に歩き回れる立場となり、運命の夜が明けた朝、周一郎は一人で朝倉家へと帰還した。後に、『誤って』一酸化炭素中毒になった3人の誘拐犯を残して。

「…その時からだよ、周一郎を狙い出したのは」

「……」

「私はあの子を護ってやりたい。あの時のことは、未だにあの子の心に深い傷を残している。当たり前だろう、実の親と思っていた相手に見捨てられたも同然だからな。取り残されて、おそらくは他の誰をも信じられないだろう時に、あの子は私の腕を求めた。その想いにこたえたい……いや、応えて見せる」

 木暮の話に感銘を受けながらも、俺の心の中には割り切れない思いが残っていた。

 それじゃあ、周一郎あいつはどうなるんだよ。実の親どころか、この世の誰も自分を必要としてはくれない、生きていてくれと言ってはくれないという想いを、ずっと一人で噛み締めてきたんだぞ。だからこそ、10歳やそこらで大の大人相手に傷一つなく生還できたんじゃないか。誰も助けてくれないのだと知ってたからこそ、自分の持っている力を振り絞って生き延びたんじゃないか。そうしてようよう生きて帰っても、あいつには迎えてくれる人間の一人も居なかったんだ。しがみつける相手一人なく、喜ばれるどころか、生きて帰ったことでますます恐れられ、疎まれたかも知れない。人間じゃない、子どもじゃない、こいつは化け物だ、と。子どもの姿を借りた、闇夜に暗躍する妖怪変化、超自然的な存在として。

 俺の脳裏に、まざまざとそれは浮かび上がった。


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