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『そして、別れの時』〜猫たちの時間13〜  作者: segakiyui
4.古城物語

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17/40

6

「……あれ?」

 次の朝になってみると、周一郎は元の冷たい態度に戻っていた。俺より先に目を覚ましていたらしいが、昨日の今日ではさすがに力が入らないらしく、俺が目覚めるまでじっと待っていたらしい。目を開けた俺への第一声は、「ありがとう」でもなきゃ、「昨日はどうも」でもない、「書類を取ってきてくれませんか」だった。

 そうして今、周一郎はベッドで半身起こしたまま、朝食にも手をつけず、書類の束と睨めっこを続けている。

「……ったく」

 昨日とはえらい違いじゃないか。

 胸の中でぼやいて、俺は窓の外へと目をやった。

 晴れ渡った空は、昨日の雪を見る間に溶かしていっている。膨らんだ水が煌めきながら樹々の緑から滴り、日光を弾きながら跳ね返っていた。

「……うーん…?」

 そこで俺は再び、昨日ここへ来た時に味わった既視感デジャ・ヴュと対峙していた。どこかで見た、気がする、跳ね返る光、ガラスに滲む太陽光、針葉樹林で削られた青空……。

 コンコン。

「はい」

 俺より先に周一郎が答えて、ドアから入ってくる人物を見守る。

「大丈夫ですか、周一郎さん」

 そこには心配そうに眉をひそめた慈の姿があった。

「木暮から事情を聞きました。今、屋敷の周囲と調理場を調べさせているところです」

 もし、慈が毒を入れた犯人で、それを隠そうとして演技しているのなら、この少年は今世紀最高の俳優になれるに違いない。

「滝さんは……大丈夫だったんですか?」

「あ…俺は、周一郎がとっさに止めてくれたんで…」

「…そんな緊急時に、よく……」

 驚いたように目を見張る慈の目の奥に、何か一瞬鋭いものが見えたと思ったのは、気のせいだったのだろうか。

「さすがですね、周一郎さん」

「敵が多いと、つい、ね」

 周一郎は淡い苦笑を返した。

「けれども、僕だったら、咄嗟に側の人間まで気が回るかどうか…」

「言ったでしょう、瀧さんは、僕に取って『大切な友人』なんです」

 周一郎のことばには、思わず俺が振り向いたほど、冷え冷えとした凄みがあった。

「『巻き添え』はごめんですからね」

「そういえば、滝さんのコーヒーにも、相当量入ってたんですね」

「…つまり、滝さんも狙った、という事になるでしょうね」

 周一郎は、サングラスの向こうから、よく光る眼で慈を捉えた。慈もたじろがずに見つめ返す。ブルー・アイが陽を吸って、淡く淡く見えた。

「…でも、その様子じゃ……今夜のパーティは無理、ですね。滝さんはどうです?」

「あ、俺は別に……ただ、着るものがないんで」

「それなら大丈夫です。木暮の物を貸しましょう」

 にこりと慈は嬉しそうに笑った。

「木暮の…?」

 あの足の長い、スタイルのいい奴と俺に、どれほどの共通点があるだろーか。

「だめ、ですか?」

「いや、だめってことは……ただ合うかなーと思って…」

「じゃあ、今から合わせましょう」

「わっ!!」

「えっ?」

 慈が邪気なく俺の手首を掴み、思わず飛び上がった。慈が何事かと手を離すのに、引き攣り笑いをしながら手を振り回す。

「わ…わはははははっっ…」

「…?」

 いかん。どーもいかん。前の、周一郎の一件があってから、どーも『そーゆー人種』に過敏になっちまう。別に相手をしろと言われたわけではないのだが。

「あ、後で行きます、後で。はい」

「??……そうですか? それじゃ……。あ…お昼もこちらに持って来させますね」

「あ、どうも」

 慈が出て行って、ようやく俺は力を抜いた。振り回していた手を止め、椅子に腰を下ろす。と、ぶっきらぼうな周一郎の声が響いた。

「パーティ、出るんですか」

「一応、な。2人とも出ないっていうのは、悪いだろ?」

「テーブルマナー、大丈夫ですか?」

「う」

 痛いところを平然と突くなっつーに!

「だ、大丈夫だ、うん、大丈夫! たぶん……おそらく…」

「………僕も出ます」

「は?」

 ふいに周一郎が言い切ってぎょっとした。

「出るって……お前、昨日の今日だぞ?」

「大丈夫です」

「大丈夫って……さっきもまだふらついてたくせに」

「僕も出るんです」

 周一郎は一歩も退かない。

「知らんぞ、ぶっ倒れても」

「大丈夫です」

「あのなあ…」

 出る、と大丈夫、しか語彙がなくなったのか?

 ことさら書類をばさばさ動かし始めた周一郎に、溜息を吐いて椅子にもたれる。

(本当に……無茶ばっかりしやがって)

「ん? おい、何か落ちたぞ」

 書類の間からひらりと舞い落ちた一枚のカードを、床から拾い上げてぎくりとした。

 例の暗殺予告状、無機質な文字が並んでいる。

『後、7日』


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