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『そして、別れの時』〜猫たちの時間13〜  作者: segakiyui
4.古城物語

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16/40

5

 大丈夫だと言いながら、周一郎はそのまま身動きしなかった。それでも呼吸がやや収まると、俺を突き放すように立ち上がった。洗面所で顔と手を洗い、汚れた服を用意されていた湯上がり用のバスローブに着替えたが幾度かふらついて、俺が慌てて差し出す手に掴まり、しばらく堪えてから動作を始めると言う調子で、とてもじゃないが一人にしておけそうにない。それに、この部屋ではとても休めないだろう。

「ちょっと待ってろ」

 俺は部屋を出て、向かい側で整えられているはずの俺の部屋を確認しに出かけた。廊下は静まり返り、そっとノックをして開けてみた扉は音もなく開く。人の気配はなかったが、明るく光が灯されていて、すでに準備は終わっているようだ。

「声ぐらい掛けてくれても良さそうなもんだが」

 妙な妄想を逞しくした誰かが、控えたのだろうか?

「周一郎、俺の部屋で寝ろ。準備できてるみたいだし」

「でも…」

「水は? 少し飲むか?」

「……はい」

 頷いたものの、少し含んだ水に、すぐに真っ青になって洗面所に向かう。吐き戻す、水を飲む、また吐き戻す。胃洗浄さながらの吐きっぷりに、救急車を呼んだほうがいいと心配しかけたあたりで、ようやく吐き気の波は過ぎたらしい。

「歩けるか?」

「…」

 周一郎は微かに首を縦に振る。体を支えて周囲を伺いながら、向かいの部屋に移動した。元々の高級調度の部屋はとんでもない有り様になっていたから、さっさとドアを閉め切ってしまう。明日誰が部屋を片付けるのか知らないが、今から謝っておこう、済まん。

「滝さん…は…どこ…で…」

「俺はどこでも寝られる、どんな状況だって寝る」

 細やかな神経など皆無だ。断言してやると、白い顔で苦笑いしたから、そのまま笑い返してベッドに押し込んだ。まだ吐きそうか、と尋ねると首を振る。用心のためにと部屋の隅のバラの飾りがついた屑籠(?)をベッドの近くに準備した。

 疲れ切っているのだろう、横になった周一郎はすぐにうとうとしたが、それでも時々何かに呼び付けられたようにはっと目を開けた。覗き込む俺を見つけては、緩んだ表情で小さく笑い、眉根を寄せながら目を閉じる。浅い呼吸、十分休めていない様子の緊張した気配、深まる夜。

 次第に起き上がってくる、腹の底の鈍いしこり。

 何だってんだ? 

 え、何だってんだ、この状況は?

 周一郎が何をしたって言うんだ。特殊な才能があって、ただ大悟に拾われただけじゃないか。慈なり木暮なりを、いつ『虐めた』って言うんだ。そりゃ、俺は知らん。ひょっとしたら、こいつの方が裏でもっと酷くてえぐいことをやっているのかも知れん。

 だが、何だ、この状況は? こいつは居場所を探していただけだろうが。自分が生きていてもいい所を求めていただけだろーが。

 なのに、何だ、これは。

「……滝…さん……僕…」

「…ん?」

 怒りに怒っていて、一瞬周一郎の声を聞き逃した。

「どうした?」

「…すみ……ま…せん…」

「謝るなって。仕方ないだろ」

「す…み…ませ…」

「病人は謝るより先に、元気になるのが仕事なんだから、謝らんでいい」

「……す、み、ま……」

「……周一郎…」

 声が途切れて覗き込んだ俺の目に、光るものを頬に伝わらせている周一郎の姿が映った。

「…どうした」

 あまりにも珍しい光景にことばを失い、慌てて続ける。

「苦しいのか? 痛いのか? 熱っぽいのか? 吐きそうなのか?」

「…………」

 周一郎は答えない。ただ切なげに眉を寄せて、ぽろぽろ涙を零し続けている。

「どうしたんだよ」

 俺はベッドの横の椅子に座ったまま、そっと手を伸ばした。広げた掌で、ぽんと周一郎の頭を軽く叩く。20歳を過ぎている男をつかまえて、一体何をしてるんだと思いはしたが、余りにも辛そうでやらずにはおられなかった。もう一度、そしてもう一度。しかめた眉から力が抜ける、少しずつ……少しずつ。

「…寝てろ、大丈夫だから」

 そっと優しく、あやすように声を低めた。

「側に居るから。……安心して、眠ってていいから」

「…」

 微かに頷いて、周一郎はごそごそと涙を拭って目を閉じた。妙に幼い仕草、目を閉じた後は程なく静かな寝息に変わる。

 そうしていつしか、俺も眠りに落ちていた。


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