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『そして、別れの時』〜猫たちの時間13〜  作者: segakiyui
4.古城物語

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4

「…しかしなあ……わからんなあ…」

 俺はぼやいた。

 食事が終わって夜も更けて、割り当てられた2階左翼の端の部屋で、俺と周一郎は湯気の立つコーヒーカップを前に向かい合っていた。

 俺の部屋は向かいなのだが、今は寝具の交換中とやらだ。なぜか俺と周一郎は2人一部屋でいいと考えられていたらしく、取り敢えず、周一郎の部屋で準備が出来るまで寛いでいてくれと応じられた。

「金持ちって言うのは、みんな、ああ言う人種、なのかなあ」

 何かわからない合図を送りあって、あれやこれやと別の合図で返答する。合図を理解していない人間がいるなんて、思ってもいないのかも知れない。

「…ん、ふっ」

「ん?」

 それまで例の如く、俺の存在を完璧に無視していた周一郎が、いきなり笑い出した。

「何だ?」

「いえ…何でもありません」

「何だよ、何か知ってるな? 知ってるなら、ちゃんと話せよ」

 ふてた俺の口調に、周一郎は薄い笑みを唇に残し、開いた本に視線を落としたまま続けた。

「まあ、夜中に慈の部屋の前は通らないことですね。滝さんには刺激が強いだろうから」

「慈の部屋って……あの、木暮とか言うのと続きになってる部屋のことか? 刺激が強い? 夜中……? …え? ……あ? あ…あーっ!」

 それはひょっとして。

「わかりましたか?」

「わ、わかりましたかって……おい、待てよ、え、何、じゃ、あの2人って」

 その先を口にしたもんだかどうか、狼狽えて吃って焦って我を忘れる。飲もうとしていたカップを下に置く。何となく、気のせいだろうか、邸中を全力疾走した方がいいような気がしてきた。

「お、おい、おいっ…おい…」

「………」

 周一郎は平然とした顔でページを捲っている。その落ち着きっぷりに、とにかく俺も落ち着いた方がいいだろうと、再度コーヒーにトライしかけたが、そこら中に零しそうな気がしたので止めてカップをもう一度置いた。

「はあぁ……そうかあ………そうなのか……そう言うことなのかあ……」

 いや別にがっくりしているわけではないが。

「え? お前は知ってたのか?」

「……調べれば、すぐわかりますしね。付け加えるなら、滝さんが不思議がっていた夕食の時の出来事ですが」

「……へ」

 面白がったのだろう、周一郎が珍しく丁寧に解説してくれて、血の気が引いた。

 あの時、周一郎は、ペアのどうのと言うところで、慈と木暮の関係を揶揄したのだそうだ。木暮はてっきり俺と周一郎も(!!!)そう言う関係(!!!!!)だと思い込んで、俺を見つめてそっちこそ『そう』だろう、と反論したつもりだったらしい。だが俺はしれっとしている。まさか滝と周一郎は『そう』ではないのかと、問いかけの視線を周一郎に投げれば、周一郎はにっこり笑って『違うんだけど』と返してくる。そこで木暮は考えた。俺の周一郎への拘りを考えると、俺にその気がないとは思えない。で、唐突に思いついたのが、俺は『少年』じゃなくて『青年』の方が好みなんじゃないのか(!!!!!!!)という結論だ。で、彼としては『こっちには手を出さないでくれよ』的に笑みを浮かべたのに、俺はそれに対して飛び切りのにっこり、を返してきた。

「…いや、待て……それじゃ俺がまるで木暮を狙ってるみたいな展開に」

 めまいがしてきた。

「………一体どうしたら、そんなわけのわからん『曲解』ができるんだっ!」

 思わず喚く。どうしてすぐに色恋の話に結びつくんだろう。俺はただ、単に、純粋に、特別な意味じゃなく、周一郎が放っとけないだけだと、何度説明すればいいのか。

「滝さんはね」

 周一郎は、どこかまろい、優しい声で言いながら、コーヒーカップを取り上げた。こくん、と一口飲み込んで、

「きっと……わからないでしょうね……僕だって、信じられなかったんだ………こんな人がいる…なんて…」

 湯気の向こうに溶けていってしまうような、淡い微かな呟きだった。俺の視線に目を伏せ、もう一口、唇に含む……。

「ぐっ…」

「周一郎?」

「だめ…だ、滝さん!! それ……飲んじゃ…っ!」

 次の瞬間、周一郎は弾かれたように立ち上がった。悲鳴じみた声を上げて渾身の力で、俺の手からコーヒーカップを跳ね飛ばす。そのまま体を泳がせて、俺の方へ倒れ込みながら、押さえた口元から吐物が溢れた。

「うぐ…っ……う」

「周一郎! おいっ!!」

 抱き止めた俺を突き飛ばし、周一郎は顔を背けた。ぐっと身体中に力を込め、胃の中の物全てを吐き出す勢いで吐きながら倒れ込む。横たわってもなお、体を震わせ止め切れぬように吐き続けた。

「周一郎!! おいっ! しっかりしろっ! 周一郎っ!」

「…あ……ふ…っ…」

 何度か繰り返し吐いて吐いて、少し収まったあたりで、ようやく周一郎は薄眼を開けた。弱々しく口元を拭い、上半身を支えた俺に今度はぐったりと身を任せる。浅い呼吸を繰り返す顔は、白く血の気を失っている。

「待ってろ、今、人を呼んで」

「…だめ…だ……行くな……行かない…で…」

 ぐっ、と俺の腕を掴んで、周一郎は首を振った。真っ青になった顔にじっとりとした汗を満面に浮かべながら、もう一度ゆっくり首を振る。

「…大…丈夫……です……わか…て…いる…」

「わかってる?」

「…毒…です………致死量…じゃ……ない…」

「毒っ?!」

 ひゅっと血の気が引いた。

「尚更だろっ、慈か木暮、叩き起こしてやるっ!!」

「…い…や……だ……」

 息巻く俺を、周一郎は腕を掴んで離さない。

「ここに…いて……くださ…」

「周一郎…」

「…っ」

 再び込み上げたものを耐えるように、周一郎は唇を噛んだ。脂汗が額に浮いている。俺の腕に小さな子どものようにしがみつきながら、体を震わせ、しばらくしてようやく力を抜き、掠れた声で言った。

「大丈…夫…です……もう…かなり……吐いたし………気分…悪…だけ…」


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