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『そして、別れの時』〜猫たちの時間13〜  作者: segakiyui
4.古城物語

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3

「朝倉、周一郎さん、ですね」

 高柳慈は立ち上がって手を差し出しながら、はっきりとした滑らかな日本語で話しかけてきた。それでもどこか異国的な発音に聞こえるのは、単にプラチナ・ブロンドにブルー・アイと言う眩い容貌のせいばかりでもないだろう。

(しかし、見るからに対照的な2人だよなあ)

 周一郎の隣に立ち、慈と周一郎を見比べ、しみじみと思った。

 周一郎は黒に近いダークグレイの三つ揃いに黒髪、目元に例のサングラスと言ういつもの出で立ち、慈は白いモヘアのセーター、淡い青のジーパン、薄い緑のカッターシャツ、銀髪碧眼。周一郎を夜とするなら慈は真昼、それも人を戸惑わせ眩しがらせる真夏ではなく、冬のよく晴れた日の日差しのような、どこか白っぽい穏やかな午後を思わせる。

「えーと…滝、志郎さん、ですね。僕、高柳、慈、です」

 周一郎への挨拶が済むと、慈は俺にも手を差し出した。にっこり笑って、

「来て頂いて、とても嬉しいです」

「お招きに預かり、ありがとうございます」

 しゃちほこばって答えた俺に、慈はくすっと邪気のない温かな笑顔を返した。

「どうか、楽にして下さい。僕はまだ16だし、そんな風に、大人の人から敬語を使われると、どうしていいのかわからない」

 素直に困惑を伝えながら、そのくせ、自分は紛れもなく主人ホストなのだ、と言うニュアンスが響いた。

「あ、彼は木暮宗。僕の秘書兼お守り役、です」

「木暮です、よろしく」

 慈の後ろに影のように立っていたグレイスーツの男が、軽く頭を下げた。精悍そうな顔立ちに瞳がやけに鋭い。何か武道でもやっているのか、細身ながら引き締まった体つきで、握手をした手もタコのようなものが出来ていた。

「もうすぐ夕食の用意が出来ます。ご一緒して頂けますね」

「あ、はあ」

 にこやかな笑みだが、強制的だ。有無を言わせない、この雰囲気には覚えがある。自分の意思が通らなかったことはない階級の人間だ。つまりは、苦手だ、たぶん。

 それから程なく、料理長が夕食を告げ、俺達4人はだだっ広い食堂に通された。並んだ銀食器と格闘する俺に、慈は気を利かせて箸を用意してくれ、おかげで俺は、肉も野菜も空中へ放り上げることなく食事を堪能することができた。

 食卓の話題は当たり障りのないことに限られた。巧みに会話を誘導する慈は、周一郎の愛想もクソもない返答にめげた様子もなく、次々と面白い話題を引っ張り出し、俺は大笑いし、あんまり表情が動かない木暮も、時々思わずと言った微笑を慈に向けていた。

「そりゃ、一人で寂しい時もあったけど…」

 慈はちらっと木暮を見て、にこりと笑う。

「木暮がいつも僕を助けてくれたから…」

「いえ、私などは」

 木暮が地味な声で謙遜し、俺に視線を向けた。

「それより、滝さんは色々とご活躍ですね」

「あははは………は?」

「聞いていますよ、スペインのこと」

「は……あ…?」

「周一郎さんの危機に単身スペインに乗り込まれて、見事助け出されたとか」

「は…はは…っ」

 笑うしかない。

「そうすると、周一郎さんの場合は、周一郎さんが『頭脳ブレイン』なんですね。僕は木暮がいなけりゃ突っ走ってしまうから、木暮が『頭脳ブレイン』だけど」

 慈も砕けた口調で、明るく口を添える。

「一度、ペアを交換して見ましょうか」

「あはははははっっ」

 笑う以外にどうせえっちゅうんじゃ!

「滝さんは無理ですよ」

 それまで沈黙を守っていた周一郎が、上品に仔牛の赤ワイン蒸しを口に運びながら、

「周囲の物を壊すのがオチですから」

「あ…はははははっ」

 確かに事実だ、事実だから笑うしかない、笑うしかないが、こんなところで暴露しなくてもいいだろうが!

「ははっ、まさか」

「いえ、本当ですよ」

 木暮の軽い相槌に、周一郎は淡々と応じた。

「何せ、人の計画おもわくを潰すのがとてもうまいんです」

「あははは………は?」

 ひたすら笑っていた俺は、木暮と慈が応じないのにきょとんとした。平然と食事を続ける周一郎を、2人とも鋭い視線で見つめている。

「?」

「それに」

 周一郎はさも美味しそうに肉を飲み込み、

「滝さんは僕の大切な友人なんです。そう、おいそれとペアの交換、というわけには、ね」

 澄ました顔で木暮と慈を見返し、次の瞬間、これ以上鮮やかな笑みは多々あるまいと思えるぐらいに微笑んだ。

「そちらも、でしょう?」

「!」

 びくっと慈が身を震わせ、頬に薄紅の色を刷いた。周一郎は、木暮が殺気立った表情で睨みつけるのに狼狽もせず、

「仕事がらみの話は料理に合わない。大悟のことでも話しましょうか」

「…え…?」

「慈君は大悟のことをあまり覚えていないでしょう。僕も北欧旅行には付いて行っていない……何か面白い話はありませんか?」

「あ…ああ…そう、です、ね…」

 慈はわずかに笑みを取り戻して話し出したが、木暮は黙ったままで、なおも周一郎を見つめている。その眼がどうも気になって、俺も木暮を見ていると、相手はすぐに俺に気づいた。きらりと目を光らせて刃物じみた視線を投げてきたが、もちろん俺は反応しきれない。そのまま何となく見返していると、木暮は妙な表情になった。せっかくのハンサムが台無しの、どこか間抜けた不安げな顔。そのうちに、なぜか俺と周一郎をしきりに見比べ出した。

「…?」

 何だろう? 今更、顔の出来不出来なんて確認するまでもないし、ひょっとしたら別の意味合いがあるのかも知れないが、俺にわかるわけもない。相変わらず、どうしたもんだか何をしてるんだかと見つめていると、突然、木暮は俺の反応に何かを読み取ったらしい。まさか、と唇が動き、ちらりと今度はあからさまに意図的に周一郎を見やる。敏感な周一郎が気づかないわけもなく、慈と話しながら木暮を振り向き、にこりと笑った。ぎょっとした顔で木暮が再び俺に目を向け、しばらく戸惑っていた様子だったが、やがて、に、にいっ、と引き攣り気味に笑みを浮かべた。

 うん、これなら俺にもわかるぞ。敵意はないぞ、仲良くやろうね、だ。

 俺は飛び切り友好的な笑みを返した。

「っっ!」

 ガチャンっ!!

「木暮…」

「も、申し訳ありません」

「????」

 何だ? 何か違ってたのか?

 木暮がいきなり薄赤くなってフォークを取り落とし、ナイフも落としかけて狼狽える。慈はきょとんとして木暮を振り向く。俺は満面の笑みを固まらせて凍りつく。

「くっ…くくくっ…」

 ただ一人、事情を理解しているらしい周一郎だけが、楽しげに笑い続けていた。

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