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『そして、別れの時』〜猫たちの時間13〜  作者: segakiyui
4.古城物語

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「お、また、雪が降ってきたな」

「…」

「積もると凄いだろうな、この辺りは針葉樹ばかりだもんな」

「……」

「おとぎ話の中みたいだな。山奥の洋館、周囲は雪を被った森とくる…」

「………」

(やれやれ)

 俺は全く反応のない周一郎を盗み見、相手が何かのレポートに集中していて、俺のことばなぞ、音としても聞こえていないらしいことに気づき、アホらしくなって口を噤んだ。車に乗り込んで1時間というもの、ずっとこうだ。完全に俺を無視し切っている。そりゃあ、無理についてきたんだし、腹が立つのも道理だろうが、それにしてもここまで無視することはないじゃないか。

(高野……お前の見立ては外れたみたいだな)

 いや、考えてみれば、昨夜から既に見込み違いだったんだ。

 俺は車の振動に身を任せながら、ぼんやりと思い返す。


「……」

 無言のまま俺の前を歩いていた周一郎は、ぴたりと自室の部屋の前で立ち止まった。くるりと振り返る。最近は昼夜問わず、家の中でもかけるようになったサングラスの向こうから、射るような眼で睨めつけながら、

「どこまでついてくるんです?」

「いや…その…さ、ああ、見せて欲しい本があって、な」

「今度は本、ですか」

 相手は皮肉っぽく唇を歪めた。

「昨日は最新の経済白書、でしたっけ? あなたはいつから経済学部になったんです?」

「は…ははっ…」

 俺は引きつり笑いをした。我ながら苦しい言い訳だと思いながら、

「その…経済学部の奴にレポートを頼まれて…」

「へえ…卒業を目の前にして、ね。他人のレポートを片付けるなんて、余裕ですね、滝さん」

「あ…はっあははっ」

「…」

 ぷいと周一郎は背中を向けた。ドアを開け、すたすたと中へ入って行く。続いて入ったものかどうか悩んでいると、今度は苛立ったように、

「入らないんですか?」

「いや、邪魔ならいいんだ、うん」

「邪魔なら……どうするんです? レポート」

 レポートなぞないのを十分知っているくせに、やな奴だな。

「いや、そう急がんし…その…うん! 一学年下の奴のだし、な!」

「……どうせ、入らなきゃ入らないで、ずっとそこに居る気なんでしょう」

 少し沈黙した後、周一郎は溜息混じりに呟いた。目を伏せ、机につきながら、

「風邪を引かれちゃ、返って迷惑だ。入ればいいでしょう」

 こっちの動き、読んでやがる。

「あははっ………すまんな、うん、すまん」

 俺はへらへら笑いながら部屋に入った。ドアを閉め、何の気なしに机に近寄ると、周一郎はついと席を立った。露骨に俺を避ける様子で本棚に近寄り、

「さっさと選んで行って下さい」

「あ…うん」

 なお、俺がもそもそしていると、にっ、と嫌味な笑みを浮かべ、

「それとも、隣の部屋で寝ていますか?」

「まさか!」

 俺は慌てて本棚に近づいた。そりゃ、寝てる方が気は楽だが、それじゃあ何のために周一郎の側をうろついているのかわからない。高野にどやされちまう。

 俺が近づくのと入れ替わりに、周一郎は机に戻り、黙々と仕事に取り掛かった。サングラスはかけたまま、さぞかしやりにくいだろうと思うのに、外そうという気にならないらしい。羞明がひどくなったんだろうか。

(羞明…)

 目当ての本などないが、本を探すふりをしながら、ふと思い出した。そうだっけ、初めて会った時だ、羞明の意味がわからずに説明をさせた……。

「滝さん、そんなのを読むんですか」

「え?」

 周一郎に声を掛けられ、俺は無意識に取り出していた一冊に目を落とした。

「『視点ー人間形成における仮説発展パターンの基本構造ー』……?」

(何だこりゃ?)

「『今日は』心理学部、ですね」

「あ…うん、その、な、うん…」

 俺はうろたえて本を棚へ戻した。

「ウィシュマンなら、その隣に『ヴェルド・リーガンによる心理反応分析』と『狭窄と拡大ーミルトバーン理論をエルドース・パターンで展開させて』がありますよ」

「そ、そうか、面白そうだな。うん、けど、今度にするよ、今度!」

「そうですか」

 くすり、と周一郎は悪魔っぽい笑みで応じた。

(ったく、何を見てるんだか…)

「……え?」

 胸でぼやいて、俺は思わず振り返って周一郎を見た。『俺を見ていた』のか、周一郎は? ここ数日無視しまくっていたってのに、取り出した本のタイトルがすぐに分かるほど?

「…何です?」

「あ、いや…うん」

 ふいと周一郎が顔を上げ、俺の視線に気づくとむっとした表情になって問いかけてくる。首を降るとまた目を伏せ、手にした万年筆を動かし続ける。

(まさか、だよな)

 たぶん、たまたま目に止まったんだろう。

 俺は本棚に向き直った。こうなっては何か本を選ぶしかない。が、周一郎の書斎と言うのは、とにかく専門的すぎて、俺には読めそうもないものばかりだ。自分の発想の安易さに溜息をつく。まあ、かと言って、他にこいつの側にいる『口実』となるとなあ……まさか、部屋の掃除を、というわけにもいくまいし。

(そうだ)

「おい、周一郎、前に貸した小説があったよな。あれ、ちょっと見せ……あ、これか」

 机の上に置いてあった、青いブックカバーの奴を取り上げる。と、その下に置いてあったらしい、一通の封筒が落ち、俺は慌てて拾い上げた。


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