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『そして、別れの時』〜猫たちの時間13〜  作者: segakiyui
3.遺産相続人

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5

「…」

 本音、だろうか? それとも、周一郎達のいう『プロ』の遣り口、なのだろうか。俺には見分けがつかないが、そういう駆け引きには慣れていて、しかも坊っちゃま一筋の高野が、ここまで信じ切った様子で話すというのは、慈という奴が、人の信頼を得ることにかけて並々ならぬ才能を持っているのは確からしい。

「秘書、だっけ、木暮と言う奴は?」

「あまり目立たぬ方で、東洋系…中国系の方のようにお見受けしましたが、さほど印象には…」

 こんな時、お由宇ならどう言うだろう。そう、かなりの人物ね、とでも? 慈より目立たないと言うことは、客には嫌でも慈の方が目に入ると言うことだろう。それは16、7歳の小僧と軽く見られてしまいがちな慈にとっては有利な点に違いない。

「…高野」

「はい?」

「大悟さんって言うのは、どんな人だったんだ?」

「え…ああ、そうでしたね、滝様はご存知ありませんね」

 しばし、若い頃の自分と大悟の共有する思い出に耽っていたらしい高野を、俺は無理やり引き戻した。

「どちらかと言えば……陽、のご気性の方でした」

 高野は生真面目に答えた。

「女性関係も派手でしたし、何かにつけて行動的な方で、こうと思われた事は必ずやり通される、豪放な方でした。坊っちゃまを引き取られる時も、奥様からの反対もかなりあったと記憶しておりますが、『今に朝倉財閥は、必ずこの子の力を必要とする』と断言されて、譲られませんでした」

 この子の力を、『必要とする』、か。

 大悟は、ひょっとしたら、周一郎をトップに据える気はなかったのだろうか。慈にも相続を認めて、慈が朝倉家を相続し、周一郎が影の補佐として参謀を務めるような形を考えていたのだろうか。周一郎は、あくまで裏の世界を支配する存在、隠し駒とするつもりで、あいつを引き取ったのだろうか。

「大悟さんは、もっと他にも子どもはいなかったのか?」

「おられたかも知れません。毎月口座に振り込まれている手当を受け取っている中の何人かは、大悟様の血を継がれているのかも知れません。けれども、実子、として認められたのは、慈様お一人です。……美華様は実子ではありましたが、朝倉家の『じつ』を継がせるおつもりはなかったようですし」

 ただ一人、朝倉大悟に認められた人間……それも、血の繋がりを無視しても、『実子』として名実ともに朝倉家を相続することを認められた少年。周一郎は、本当はどう言う存在だったんだろう。めいだけだったんだろうか。じつは、慈の為にこそ、残されるべきだったんだろうか。

 でも、それなら、あの事件、俺が勝手に『猫たちの時間』と名付けた例の事件の時に公開された遺言書に、どうして『慈』の名前がなかったのか。……ひょっとして。

 ひょっとして、『名前はあった』のか? 周一郎があの時巧みに事件を操ったように、自分の不利になるとして消させたのか?

「……坊っちゃまは、どちらかと言えば、陰の気質の御方です」

 考え込んでいた俺の思考を、高野が破った。

「大悟様が集められた朝倉財閥の人間は、かなりの者が大悟様のご気性に合った方々、坊っちゃまとは今ひとつ噛み合わない方も少なくありません。けれども、慈様は大悟様と同じ陽のご気性とお見受けしました。慈様が朝倉財閥に入られたなら、派閥争いが起きるのは必至かと」

「…加えて、今は厚木警部が、相続の時の事件を洗い直している、とくる…」

「その通りです」

 きらっと高野の目が殺気を帯びた。

「今、朝倉財閥を無闇に動かすのは、余分な隙を作ること、あるいはその動きを慈様抹殺とこじつける人間がいない、とは言えません」

「確かに、動かしにくいな」

「…それを無理に動かしている部分もあると言うのに………」

 再び高野は、意味ありげに俺を睨んだが、いくらに睨まれても、わからんものはわからんのだからしょうがない。

「御自身のことに関しては、動かそうとなさらないのです」

 高野は重い溜息を吐いた。

「……高野は『九龍』に心当たりはないのか?」

「…」

 鈍く首を振る。

「心当たりと言うだけなら山ほどありますが、どれも『九龍』とは結びつきません。第一、これほど自信有り気な『刺客』となると、相当の腕の『プロ』と見た方がいいと思いますが、さてプロとなると、これも見当をつけて、と言うほど正体のわかっている人間はごく稀ですし…」

「プロ…だとしたら、頼み手は…」

「朝倉財閥の中の『反乱分子』か、慈派、と考えてよろしいでしょう。それに……」

 高野は一層暗くなった。

「今日、このようなものを見つけたのです」

「ん?」

 高野はポケットからもう1枚紙を取り出した。それは始めのものとは違い、名刺程度の大きさで、表面にはたった一言、『後、10日』と書かれている。やはり印刷された特徴らしい特徴のない角張った文字だ。

「これは…」

「愚考しますに、これはぼっちゃまのお命が、後10日、という意味ではないかと」

「これだけがあったのか?」

「いえ、この…」

 と高野は白い何の変哲もない封筒を取り出した。文房具を置いている店ならどこにでもありそうな、縦長の封筒だ。

「封筒の中に入った状態で、坊っちゃまの机の上に……他の郵便物に紛れ込んでいたのかと思うのですが」

「10日…って言うと…」

 俺はカレンダーを振り返った。今日が2月の18日だから、2月最後の日に、周一郎の死を予告してきているわけだ。

「2月…28日…」

「滝様」

「ん?」

「これから出来るだけ、坊っちゃまのお側に居て下さらないでしょうか。私ではずっとお側に付き添えない場合もありますので…」

 高野はきちんと膝を揃えて大真面目に続けた。

「万が一の時に、誰か一人でも居た方が『まし』ですし…」

「居た方がマシ、ね…」

 俺は溜息をついた。へえへえ、どーせ俺ならその辺りだろーよ。

「で、もし、周一郎がどっか行け、と言ったら?」

「いえ、仰いません」

 高野はきっぱり保障した。

「あなたは坊っちゃまにとって掛け替えのない方ですから」

「う……」

 うまく口車に乗せられた気もしたが、俺は渋々頷いた。

「ところで、滝様」

「ん?」

 部屋を出て行きながら、高野は変わらず生真面目に尋ねた。

「救急車の電話番号は……ご存知でしょうね?」

「あ、あのなーっ」


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