0.プロローグ
とあるスラム街の路地裏、ボロボロになった男の姿があった。
彼はついさっき強盗に遭い、サンドバックのように殴られながらなけなしの金を全て奪われたところだ。
「クソっ……!」
男が理不尽な暴力を受けるのはこれが初めてではない。
暴力が全てを支配するこのスラム街で、力を持たない彼は常に虐げられてきた。
道行く人々はそんな男の姿を気に留める様子もなく、何事もなかったかのように目の前を通り過ぎてゆく。
たまに面白がって彼の様子を窺う者が現れるくらいで、男を助けようとする者はいなかった。
きっとよくある光景なのだろう。
物心ついた頃から親がいないせいで、まともな教育を受けられず育った男は、この生活から抜け出す術を持っていなかった。
(あいつら……絶対に許さねぇ……)
自分に危害を加えてきたチンピラ、それを面白がって眺める街の住人、見て見ぬふりをする通りすがりの人々…男には全てが許せなかった。
男は理不尽なこの街と人間が嫌いだった。
彼の心には激しい憎悪が渦巻いていた。
(力があれば……クソッ……クソッ!)
そんなことを考えていたら、突如足元に不思議な模様が現れた。
「……ん……?……何だ?」
不思議な模様は禍々しく発行し、男の体が光に包まれる。
彼は急に体が重くなったかと思うと、意識を保てなくなっていった。
「チクショウ!一体何だってんだ!」
男の言葉が最後まで続くことはなかった。
光が弱まって不思議な模様が消えたかと思うと、さっきまでそこにいた彼の姿はなくなっていた。
不思議な模様――召喚の魔法陣――に呼び出され異世界へと旅立ったようだ。
この街から一人の男がいなくなったが、それに気づく者はいない。
いてもいなくても変わらないような、どうでもいい存在が消えただけなのだから。