入学式
昔から風が好きだった。
静かで、されど激しく敵にも味方にもなりえる世界で最も自由な風が、俺は好きだった。
必然だったんだろうと思う。〈風躁〉と言う風を操る固有技能を持った俺が風に興味を持ち、その自由さに憧れたのは。
世界とは不自由な鳥籠だ。国、法律、ルール、モラル、ありとあらゆる鎖によって本当の自由を手に入れることは決して出来ない。
そもそも自由とは何だろうか。好きな事だけをして生きていく事?世界一強くなり何者にも命令されない事?死や老化、病気などといった生物として決して逃れることの出来ない運命を克服する事?きっとそのどれもが正解であり、間違っていないのだと思う。けれど、その全てが明確に俺の求める自由とは異なるものだ。
俺にとって自由とは───
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「ご主人様・・・・・・・・・・・・起きて・・・・・・」
メイド服を着た長い銀糸の少女がそう声を掛けつつ、大きなベッドでスヤスヤと気持ちよさそうな寝息を立てる主人の体を優しく揺する。
「・・・・・・・・・・・・んん・・・・・・あと、ごじかんんん」
「今日、入学式だけど・・・・・・良いの?」
「んん?・・・・・・・・・・・・・・・・・・いま何時だ?・・・・・・」
薄らぼんやりとした目を擦りつつ、俺──シエル・デミウルゴスは自身の専属メイドであるナティスと言う名の美しい銀髪を持つエルフの少女にほんの少し嫌な予感を抱えつつ問いかける。
「八時半」
静かで、それでいて妙にはっきりと聞こえる声が俺の大きな寝室に響き渡る。
そして、響き渡った声が未だ覚醒しきっていないシエルの脳内に何度も反芻し──
───瞬間───
半覚醒だった脳が一瞬のうちに完全に覚醒し、大きなベッドから飛び起きるのと同時に、今まさに間近に迫ってきている現実を自らに言い聞かせるが如く大声で叫ぶのだった。
「やっばいッ!!初日から遅刻するッ!!!!」
* * *
魔導科学都市国家ガイアス、その名の通り魔術や魔法、科学そして固有技能といった分野の研究において世界最高峰にして最先端のたった一つの都市により構成された独立した都市国家である。
これから俺が通うことになるマギア学術学園はそんなガイアス内に存在する世界で最も入学が困難とされる巨大アカデミーだ。
「ッはぁ・・・・・・ッはぁ・・・・・・ギリギリ・・・・・・・・・・・・間に合った・・・・・・」
息も絶えたえになりながらも入学案内をしている、生徒会役員と書かれた腕章をつけた生徒の案内に従い大講堂の中へと入っていく。
大講堂内にはすでに上級生や新入生と思わしき存在が所狭しと並んで座っていた。想像した以上の人の多さに若干の吐き気を覚えつつ、俺は案内の生徒に従い壇上から最も近い最前列に腰を下ろす。
座って数分とたたぬうちに入学式が始まった。
(ギリギリ間に合ってマジで良かった・・・流石に入学初日に遅刻は洒落にならんとか言うレベルじゃないし、全力で走って正解だったな)
息を整えているうちに(いつの間にか)喋り終わり壇上から降りて行く学園長を横目で見つつ逸れた思考を入学式に戻す。
『続いて、マギア学術学園生徒会会長の言葉となります。ミーナ・ブロムさんよろしくお願いします』
案内してくれた生徒と同じ腕章をつけた生徒がマイクを通しはっきりとした声で司会をする。
カツ、カツ、カツ、と
一定のリズムで軽やかに、頭から生える耳をぴこぴこと揺らし、上機嫌そうに尻尾を揺らす猫人の少女が壇上を登る。
その姿はさながら優雅にレッドカーペットを歩く世界的な女優の様で、その場にいた多くのものがその姿に思わず見惚れてしまうほどに美しかった。
ニーナ・ブロム──学生の身ながら世界で十といない〈大魔導〉の資格を持ち、「森羅万象」の二つ名を持つマギア学術学院最強の魔導師。
多くの生徒がその姿に憧れを抱き、されど圧倒的な才能の差に絶望する身近な絶望。
「ご紹介に預かりましたにゃ。うちがマギア学術学園第108代生徒会長のニーナ・ブロムにゃ」
優雅な歩きとはかけ離れた、特徴的な語尾と天真爛漫さを感じさせる声色でニーナが話し始める。
「長々話し続けるのは嫌いだから端的に終わらせるにゃ。我が学園は優秀な人材を求めているにゃ」
最強の魔導師の言葉に聴衆の誰もがその姿に、その言葉に魅入られ時を忘れていた。発せられた言葉はマギア学術学園の掲げる指針。
「身分、種族、性別、問わず常に世界を引っ張っていってくれるような人材を求めているにゃ。学園にある六つの学科に優劣なんて存在しないのにゃ。英雄科も魔導科も科学科も商業科も生産科も世界科もその全てが世界にとって必要な人材を育成するための場所であり欠かせないものにゃ。これからの学園生活で苦労することも多いと思うにゃ。だからこそ伝えておくにゃ。辛くなってもう無理だってなったら逃げるのも一つの選択肢だとうちは思うのにゃ。最後に、この学園はお前達新入生を心から歓迎するにゃ。長いようで短い三年間を悔いのないように目一杯楽しんでほしいのにゃ。ご清聴ありがとうございましたにゃ」
ニーナ会長の話しを聞き、俺はこれからの学校生活について思いを馳せる。
壇上に登ってきた時同様、カツ、カツ、カツ、と優雅な足取りでゆっくりと壇上を降りる。会場の各所から少しずつ拍手が会場全体へと広がり、大きな拍手へと変わる。遅れて俺自身もその姿に向かって拍手をする。
体感1分以上続いたであろう拍手がやみはじめた頃に司会の生徒が話し始める。その後も筒がなく入学式は進み、(正直生徒会長の言葉以外ほとんど覚えていないが)終わりを迎える。
『これにて入学式を終わりにします。新入生とみなさんはこの後、学科ごとのオリエンテーションを実施するため対応にあたる生徒会役員の指示に従い、移動を行ってください。在校生のみなさんは先生方の指示に従い退場をお願いします』
司会の指示に従い学科ごとに新入生達が移動をしていくのだった。
〈解説〉
・固有技能
一定以上の魂の密度を持つ存在のみが与えられるもの。
・風躁
風を操る固有技能。通常では微風を起こしたりペンを一メートル程移動させる程度の出力しかない。