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ミツバチの見た世界・1

 五月の庭は、ソワソワとしていて、秀治には少し落ち着かない。

 花壇に、木の枝先にと、咲き始めた花達は、皆虫を呼びこもうと懸命だった。春先はアブを誘うために黄色い花達が頑張っていたが、ミツバチが活動し始めてからは紫色の花が目立つようになってきた。

 花のことを詳しく知るまでは、この世界は神様の描いた設計図に沿ってできているのだと思っていた。

 それぞれの季節にふさわしい花が咲き、調和のとれた色合いになるようにと、神様が景色を作っているのだと信じていた。

 そんな秀治に祖父が教えてくれたのは、計算高い花の話だった。

 そもそも何故、花は咲くのか。

 植物にとって一番大事なのは、子孫を残すことだ。花を咲かせ、めしべに花粉を受粉させ、種を残すこと。そのために植物達は様々な進化を遂げてきた。

 花から蜜を出すようになったのも、そのためだ。蜜で虫を誘い、花粉を運ばせ、他のめしべに受粉してもらう。そして花達は、虫に見つけてもらいやすいような見た目に変化していった。

春一番に活動を始めるのは、アブやハエだ。彼らが見つけやすい色だから、春先には黄色い花が多く咲く。そしてハチが活動を始めるころになると、ハチの好む紫色の花が目立つようになってくる。初夏に白い花が多くなるのは、緑の中で目立つためと、コガネムシを呼び寄せるためだ。そして夏になるとチョウ達を誘うために、赤やオレンジの華やかで大振りな花が咲くようになる。

 花というのは虫を呼びこむための看板のようなものだ。ここに蜜があると教えて虫を誘い、花粉を運ばせる。

 庭にはミツバチのささやかな羽音が満ちていた。腕時計をしていない秀治には、花達がハチを誘う官能的なまでの聲が、包みこむように響いてきている。

 花は戦略家だ。

 そのことをわかっていてもなお、ウッドデッキから眺める庭は美しかった。

 ていねいに刈りこまれた芝は、陽の光を吸いこんで葉の内側から光を放つようだ。その芝生を囲うように、花が植えられている。

花壇を囲むレンガ沿いに植えられているのは夏雪草で、銀色を帯びた葉が広がる中に咲く白い花が名前のとおり初夏の雪を思わせる。その後ろにアネモネがシフォンでできたような柔らかな花びらを広げ、ネモフィラの水色が隙間を埋めて、奥の方ではデルフィニウムやヤグルマギクが、青や紫の花を風に揺らしている。

庭の緑との調和を考えて有麻が選んで植えた花々は、パステルカラーのものばかりで、水彩画のような景色を作り出している。

 庭の主の有麻は、この季節は大忙しだ。春を迎えて一斉に伸び始めた生垣やコニファー類の刈りこみのため、スケジュールを組んで依頼された庭を回っている。御園生の家の近所を歩けば、すぐに有麻の剪定した生垣に出くわした。

 最近は素人でも簡単に剪定できる機械が売られているが、それを使ったものと有麻がハサミで刈りこんだ生垣とは一目瞭然の違いがあった。

 有麻の刈った生垣は、緑の壁がそそりたつように、表面が滑らかで美しい。上部は定規ではかったように水平で、角がピシリと尖っている。得も言われぬ品格を醸し出すのだ。

 有麻のハサミさばきはいつでも迷いがない。有麻の子供時代を知っていると、まるで嘘のようだった。


 子供のころの有麻は、ハサミを持っていてもいつでも迷っていた。

 祖父から手ほどきを受けて有麻が庭の木で剪定の練習を始めたのは、六歳くらいの時だったろうか。秀治自身小さかったから、ぼんやりとしか覚えていない。

 小さな手に持て余すようなハサミを持った有麻は、いつでも泣きそうな顔をしていた。祖父に言われたとおりに枝をはさもうとすると、木のほうから切らないでくれと懇願する聲が響いてくるのだ。

 気にしなくていいという祖父と、切らないでという木の間に挟まれて、有麻のハサミは常に迷っていた。

 その刃先が定まったのは、例の件があってからだった。


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