01.
暑い、暑い夏の日。
抜ける様な青が目に染みるほどの鮮やかさを放ち、瞬きを忘れる程の美しさを見せる。だが、消える事のない青の筈なのに儚さを覚えるのはどうしてだろう。瞬きが出来ないのは、瞼を一瞬でも閉じたら消えてしまいそうだからなのかもしれない。
「なぁ、助けてやるよ」
ぼぅ、と窓の外の空を眺めていれば護衛の男にそう言われた。私は男をちらりと一瞥するとまた青い空を見る。空が消えずにいてくれた事にほっとする。
「私は助けがいる様に見えるのか」
自嘲気味に答えれば、男は馬鹿にした短い笑い声をだした。
男は10年前から私の護衛をしている。名はアシュトン。何処かの貴族の三男坊だと記憶している。折角貴族に生まれたのに平民の護衛を任されるとは同情せざるを得ない。
彼の金髪は光に当たると薄い緑色に見える。だが、窓辺から遠いソファーにいるので今の彼にはその変化は見えない。
「見えるから言ってんだ」
出会った当初から変わらない太々しい物言いは、少しだけ陰が宿っている。アシュトンを見ればいつもより力強い碧眼が何かを求める様に私を見ていた。
彼が何を言わんとしているのか分かっていた。でもそんな事は今更だ。
私は俯き、首を横に振った。彼の提案には乗れない。もう戻れないところまで来ているのだ。今更助けて等言えない。言う気も、とうに無い。
そんな私の気持ちを察したのだろう。アシュトンは顔を一瞬くしゃりと歪め、軽く息を吐いた。
そして、意を決した顔をして大股で私の横まで来るとその場に跪く。強い瞳に私を映せばそのまま膝に置いていた私の手を取り、自身の額に祈る様に付けた。
「逃げると、言ってくれ」
絞り出された声とアシュトンの手は僅かに震えていた。
窓から入る夏の日差しで彼の金髪が緑に輝く。暑い暑い日差しがじりじりと身を焼いていく。
サラリと彼の見た目より柔らかな髪が手に触れた瞬間、全てを投げ出しそうになった。
初めて、感情を乗せて触れられて泣き叫びたくて堪らなくなった。
私はくしゃりと顔を歪めて耐える事しか出来ず、持たれた手に力を込める。でも優しく包む手が感情を何度も揺さぶり、これで私の全てを抱いてほしいと懇願をしそうになった。抱いて、抱いて、と縋りたくて堪らない。
走馬灯の様に、彼との日々が瞼の裏でくるくると回り続け、ぽとりぽとりと心を落としていく。
―――あぁ、この髪はずっと私のものだった。
出会ったあの日から背後にいたこの人は、ずっと私のものだった。
彼の額が手から離れる。
見た事のない情けない顔をしたアシュトンは今にも涙が溢れそう。
私は握られた手を片方だけ抜くと、彼の襟足に添えた。そしてゆっくりとアシュトンの額に唇を落とす。
「ずっと聖女のままで居れたら、共に、ずっと」
―――居れたのに
そう言えば涙が溢れた。流れた一筋は彼の顔を濡らし、彼の一部となっていく。
明日、私は聖女の任を解かれる。
そして愛しい彼を置いていくのだ。