【第五話】失礼ですが、どちら様で?
「さて、どちら様でしょうか。私達に殺気を向ける方は」
ハルカはアドニスの家、その屋根の上に佇む中、敵は現れた。それは闇夜に紛れるが如く、光の化身とも呼べそうな天使である。
性別は容姿からして女性。
背中には純白の翼、頭上には緩やかに左右どちらに回っているかは不明だが、輪が動いていた。年齢は10歳程の幼女、これでタイプなど本能がそう告げるのであれば―――――――喜べ、君はロリコンの資格がある。
「お前が、【魔竜王】か。意外だな。姿形は人間そのものではないか」
「【魔竜王】…………?」
聞き覚えもないそのワードにクエスチョンマークなハルカ。しかし、堕天使はハルカを敵と認識したのか、彼女の周り、その空間が歪むのだ。
「失礼ですが、どちら様で?」
「我が名は【ミカン】。大天使の一柱なり。天の命を受け、舞い降りた。さて、異界から解き放たれし、【魔竜王】。その首、切り落とさせてもらおう」
すらり、とミカンの片手にはまるで巨大な鯨を捌く程の長さと太さのある片刃の剣も持ち、そのまま真上に掲げる。すると周りに投影されたかの様に幾つもの片刃の剣の刃のみが幻想の如く湧き始めた。
「…………見た目的に生意気なクソガキみたいでしたが、結構女騎士みたいな雰囲気ですね」
「?何を言っている」
「いいえ、こちらの話です。それにしても【魔竜王】とは何のことでしょう」
「ほぅ、白を切るか。世界を滅ぼしかねぬ存在は早めに芽を摘む必要がある。それを理解していない訳がないだろう」
その刹那、一本の剣がハルカに向けて射出された。が、その前にハルカは袖に隠し持っていたであろう短剣を投擲し、それを相殺したのである。
「…………ふむ。中々の技術だ。よもや我が剣の一振りを相殺するとはな。生半可なものではお前を討伐することすら出来ない、か」
「お褒めに預かり光栄です。しかし、私は【魔竜王】などではございません」
「否。予言では、あの召喚士が【魔竜王】を召喚し、世界へ混沌を招くと未来予知でもあった。姿形までは見れなかったが―――――――」
「私を殺すまでは帰れない、と」
その言葉に合わせて、ミカンは剣の雨をハルカに向けて降り注ぐ。表情も一切変えず、淡々と作業を実行する機械仕掛けの人形の如く。
しかし、ここでミカンは違和感にに気付いた。
「(静か過ぎる)」
夜とは言え、剣の雨は辺りに被害を与えるのは間違いない。それならそこに住む住人の声などが聴こえてくるものだ。しかし、それが一切無い。
「すぐに片付くと、舐めていたか」
そして漸くミカンは理解した。
剣の雨を降り注いだ筈のハルカがいた家に傷一つない。何より、辺りすべて損傷がないのだ。しかも衝撃波や爆発が起こったにも関わらず未だに人々の声もない。
「一体何時から――――――」
「漸くお気付きになられましたか」
「!」
ミカンの背後に、ハルカがいた。
翼も無く、その無いはずの場所にその脚で立っている姿である。そしてミカンは手に持つ剣で薙ぎ払おうとしたのだが――――――――。
「おっと」
「は」
まるで紙一枚手に取る動作で、ミカンの剣を片手で掴まれてしまったのだ。引き抜こうにもビクともせず、この敵が異常であることは理解した。
「ここは貴殿の空間か――――――!!!」
「当たり前じゃないですか。御主人様は現在、お休みになられています。その邪魔をするのであれば―――――――」
「!」
ただならぬ気配を感じ取ったミカンは剣を手放して後退する。手を離したのと同時にハルカが掴んでいた剣は消滅してしまう。恐らくミカンの力の一部であり、ミカンの権限から離した結果なのだろう。ハルカは何処からともなく両手に小太刀二振りを出して構えた。
「【亜空間】の使い手、か。なるほど、脅威でしかないな。しかし、やることは変わらん」
「左様ですか。で、あればここでお掃除をしなければなりませんね」
「我を倒すことを、掃除と申すか。面白い、やってみるがいいッ!!!」
その刹那、使用人ハルカと大天使ミカンという強大な存在が衝突する――――――――。