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その1

 その日の夜、少女がやってきた。腰まで届くような真っ黒な髪をしていてフリルの付いたケープコートを着ている。所謂ゴスロリ系とでもいうべきか。そして人形めいた端正な顔立ちをしており金色の瞳がそれをさらに際立たせている。

 あるときいきなり美少女がやってきた。ここまででも驚くような内容なのだが僕が耳を疑ったのは彼女が自分自身の素性について話し出した時である。

 なんと自分が猫だと言い出したのだ。それも真顔で。クールに。

「どういうこと?」

「そのままの意味です」

 僕の問いに対して少女のほうがあきれたような顔をして説明を始める。

「っていうか、君は誰なのさ」

「ステラです。あなたの飼っていた黒猫の」

 確かに僕は黒猫を飼っていた。というか現在進行形で飼っているのだが1週間前から姿をくらましていた。周りは気紛れだからそのうち帰ってくるとか言っていたけれど。事故にあったんじゃないかって僕は思っていた。

「ステラって、そんな」

「このリボンを見てもわかりませんか」

 僕の持った疑問に対して彼女は胸元を指差した。そこには大きなリボンがつけられている。それは僕がステラの首輪に着けていたものでもあった。すぐに見分けがつくようにと。

「どこかで買ったものじゃないの。東急ハンズとかニトリとか。そういうもの売っている店って意外とたくさんあるよ。たぶんアマゾンでも簡単に見つかるんじゃないかなあ。大体猫が人間になるとか」

「アニメとか漫画じゃあるまいし、っていうんですよね。ご主人様そういう作品大好きですから。ご奉仕系っていうんですか?それともケモ耳系ですか?」

「……っ!」

 黒髪の少女が僕のことを見てアニメの趣味を暴露し始める。というかほとんど事実で反論の余地がない。自分の話していることが当たっていて僕に付け入るすきができたとわかったのか彼女は不敵な笑みを浮かべて

「好きなキャラクターの年齢層は広いみたいですけど。一貫しているのは胸の大きい子が好みみたいですね。後メイドさんとか人妻とか。そして黒髪か金髪」

 アニメの系統だけではなく、キャラの趣味を公開するという追加攻撃を加えてくる。どうやら彼女は完全に自分のペースに僕を巻き込むことに成功したらしい。彼女の追撃は止むところを知らずにまだまだ続く。ステラと名乗った少女の口を押える気力すらもう奪われてしまっていた。

「あと、家に誰もいない時ですか。イヤホンとかつけずにいやらしい動画を見るのをやめた方がいいですよ。しかも結構大きめな音量で。誰も見てないと思っているみたいですけど私は見ています」

「なんでそのことっ」

「信じてくれましたか?私はステラですよ」

 やれやれといった具合でステラが肩をすくめる。僕は十数年生きているけれどもこんなリアクションをする人は現実にはいないと思っていた。人間になったということはそういうこともしてみたいのだろうか。それで終わりかと思って僕は安堵しかけたのだが

「青崎ルナ、高科ゆかり、森浜レンゲ」

「やめて!分かった。信じるから!お願いだからそれ以上は!」

 人物名をさらりと連発していく。彼女は容赦してはくれなかった。行けるところまで行く気なのだろう。一度始めてしまった以上途中で終わるわけがない。というか今の3人の名前だけは出されたくなかった。誰かに聞かれたらと思うと……。想像するだけで震えが止まらなくなりそうだった。

「というわけで私があの黒猫、ステラだと言うことは納得していただけましたか?」

「ああ、納得したよ。僕のこと……特に女の子の趣味、っていうかそういう部分を知っているのはそばにいたステラくらいだよね」

 確かにそういう映像を見ていた時はステラが膝の上に乗っていた。アニメを見ているときも大体彼女は僕に近づいてそのまま動かないでいる。頭をなでてあげても何の反応も見せなかったので寝ているとばっかり思っていたのだけど。やはり猫は侮れない。

「最初から納得していればこんなことにはならなかったのですよ。ご主人様」

「うん、そうだね……」

 ステラが飄々と言うのだが今の僕に反論するほどの元気はもう残っていなかった。まさかここまで自分のことを知っている人間、まあ猫なんだけどそういう存在がいるなんて普通は予想もしない。

「そういえば、ステラ。という名前もアニメキャラからつけたんですよね。前にご主人様が行ったのを私は覚えていますよ。好きですこの名前。とてもうれしかった」

「そのことも覚えていてくれたんだね」

「はい。自分の名前に関することですから。確か2人ほどいましたよね。ステラっていう名前を持っていたキャラクター。その子たちも確か胸が大きかったような。ご主人様は本当に……」

「もう勘弁してよ……お願いだから」

 一瞬いい話に持っていてくれそうだと思ったんだが、世界はそんなに甘くもなければ優しくもないらしい。誰かがこの世界は君が思っているよりちょっとだけ優しいといったらしいがそんなことはない。別の誰かが言うとおり世界は歌のように優しくはないのだ。というか冷静に考えて世界等よりステラ個人なのか。優しくないのは。

 ステラの連続精神攻撃を食らったことでだいぶダメージを受けた。そのせいで疲れたのでこたつに入っていた僕は腕を伸ばしてうなだれる。彼女は放っておくと何を言い出すかわからない。爆弾でも抱えているのだろうか。猫だった時のステラは黙って近寄ってきてそのまま僕のそばにいるような子だった。というかあの時点で猫が人の言葉をここまで流暢に話すなんてことは視野に入れているはずがない。

「それで。君がステラってことはわかったからさ。なんで人間の姿をしているのさ。というかふつうは猫が人間になったりはしないよ」

 それだけ言って僕はこたつから出て立ち上がり、キッチンへと向かう。そして薬缶に入っていた茶を2人分汲み上げた。醒めているのでそれにお湯を混ぜる。一から入れると時間がかかるがこれなら時短になるから。

「はい」

 ステラの前に湯呑を置く。彼女は深々と頭を下げてきた。猫とはいえそういった礼儀に関することは一応通じているらしい。

「どうもありがとうございます」

「じゃあ話してよ」

 僕が促すとステラはごくごく湯呑のお茶を飲み始めた。彼女が猫ならやはり猫舌なのだろう。じゃあ熱いものがだめなはずだ。

「はい、私が人間の姿を手に入れたのは不思議な力のおかげです。ご主人様私が猫舌だってことを知っているんですね」

 僕の予想が当たっていたことを明かしつつまた突飛なことを言い始めた。

「不思議な力ってなんだよ」

 僕の疑問に対してステラは上に向けて指を向ける。彼女の力の根源は空のほうにでもあるのだろうか。

「満月の光ですよ」

「月光?」

「はい」

「月光にそんな力があるとは思えないんだけどな」

 いまいち信じる気がしない。そういうことに関連する

「あるんですよ、それが。納得していただくしかありませんご主人様。目の前にそのまんまのケースがいるんですよ」

「うん」

「この期に及んで納得ができないとか言うのはよしてください。嫌でしょう、ご主人様も私に隠していることあれ以上言われるのは」

 確かにそれは嫌だ。とりあえずステラの話に耳を傾けるほうが得策だ。

「この前の満月の日ですか。私はご主人様の部屋で寝ていたんです。多分知っていると思いますけどね。で、夜中位に少し目が覚めて廊下に出て水を飲みました。で私はその場で少し眠っていました。それで起きたら」

「人間になっていたっていうの?」

「はい。そのあと猫に戻ったりもできることも知りました」

「なるほどね」

 ステラの話を聞きながらお茶を飲む。そして彼女のことを一瞥した。出会ってすぐだと状況を認識するだけで精一杯だったが改めてみるとすごいかわいい。少し、ドキドキしてきた。多分そう感じるのは絵に描いた様な美少女が同じ部屋にいるということ、そして―ステラが僕の隣に座っているからだろう。それもかなり密着する形で。

「ねえステラ」

「なんですか」

「少し離れてよ」

「嫌です」

 ステラが間を開けずぴしゃりと否定の言葉を口にした。そして湯呑のお茶を飲み始めてこの話は終わってしまったらしい。いや終わらせてはいけない。ちゃんとステラに場所をうつるように告げなければ。そうしないと色々危ない。狭いのもそうだが僕に理性が保てる自身がそもそもないのだ。可愛いのはもちろんそうなのだが、さっきから目に入ってくる胸のふくらみとか。多分普通の女の子より大きい気がする。というかそんな女の子がいつも自分の膝の上とかに座っていたと思うと……。

「なんで嫌なんだよ」

「寒いからです。いいじゃないですか、密着すればもっと暖かいですよ」

「いやそれは」

「……ご主人様、何かいやらしいこと考えていますね。いいですよ別に。ご主人様がそういう人だっていうのはステラ重々承知していますから。今更嫌ったりしないですよ」

 ステラに考えを読まれて冷や汗が出てきた。どうにも聡いし核心をついてくる。徐々に焦りが出てきてどうしようかと、悩んでいるうちに腕のあたりにやわらかい感覚が当てられてきた。少しだけ横を見ると僕に腕をまわしてステラがさっきより密着してきている。

「ちょっと、ステラ密着しすぎだって、さっき言ったばかりなのに」

「いつもは気にしないくせにこういう時ばっかり」

「だって普段は猫の姿だったから」

「それがなんだっていうんですか。いいからもう」

 場所なんていくらでもある。それなのにこたつの一面で場所取りをすることのむなしいことか、いやそれじゃない。単純に知らない女の子がこんな近くにいたような経験がないから。だから慣れてないから焦ったり動揺したりするんだ。なおも僕はステラに離れてくれといった言葉を続けるが彼女は断固として受け入れようとはしない。その他人から見れば不毛とも取れるような争いがしばらく続いた後。

バン。

 リビングのドアが勢いよく開き僕はそっちに目をやった。というか反射的に向いてしまったのだけれど。嫌そうににこちらを見ている人間が1人ドアの向こうに。僕の妹のアイナだった。

「ど、どうしたんだよアイナ」

「ねえ、すごくうるさいんだけど」

 驚いて若干テンパる僕とは対照的にドアを開けた少女は淡々としている。それすら通り越して興味ないんじゃないかって思うくらい冷たさを感じないでもない。でもうるさいって言ってきたから一応僕に対して何か興味とは言わないでも思っているものはあるんじゃないかな。でもマイナスだし……。

「あ、うん。ごめん。聞こえていたんだ」

「本当、部屋にいてもね」

 投げやりに言いながらアイナはキッチンへと入っていく。水でも飲みに来たのかな。僕とステラが騒いでいたことが問題だったようでステラ自身に対しては特に言及しようともしない。まさか見えてないとかいうオチじゃないよね。

「それとお兄ちゃんってさ。彼女いたんだね」

「え?」

「だってその人そうなんでしょ」

 なんのことを言っているのかよくわからなかったが、どうもステラのことを彼女かなにかと認識しているようだった。ああ、だから特に驚きもしなかったんだ。というか考えてみればそうあり得ない話でもないじゃないか。

「私、女の子と一緒にいるところ見たことなかったからさ。お兄ちゃんって、てっきりかわいそうな人か何かだと思っていたの」

「……!」

 発想が恐ろしいというか短絡的というか。単純にモテないだけだというのをなぜここまで飛躍させることができるのだろう。

「私は女の子と付き合っていようとかわいそうな人だろうと、別に気にはしないけどお母さんはそうもいかないだろうから注意しておいたほうがいいかも。そろそろじゃないかな」

 だから、違うのに。なんでそのことにこだわるとするんだよお前は。しかし母さんのことがあったな。アイナは適当に流してくれたけど母さんはこういうことになるとすぐ大騒ぎするんだから。過保護というかなんというか。今は夜の7時半。時々仕事の関係で帰るのが遅くなることがあるんだけどそういう場合でも8時過ぎくらいには帰ってくるのが相場だった。それまでにステラには猫に戻ってもらうというか、そこらへんのことについても話をまとめるべきなのだろう。

「じゃあ、お兄ちゃん。私勉強しないといけないから静かにしていてね」

 マグカップをもって部屋の外へと出て行った。そのあと階段の床を踏む音が聞こえたのでアイナは部屋に戻っていったことが確認できた。そういえばアイナがリビングに入ってきたからというものステラは一回も口を開かなった。さっきまであれだけしゃべり続けていたというのに。

「ステラ」

「私あいつ嫌いです」

 藪から棒に毒を吐き出した。すごく怖い顔で扉の方向をにらみつけている。アイナはステラに対して否定的なことは何一つ言っていないのだがどうしたのだろう。

「嫌いってそんなはっきりと。でも悪い子じゃないよアイナは。発想がちょっとおかしなところあるけどさ」

「だってあいつ私のこと構いすぎるじゃないですか」

「嫌なの?」

「はい、放ってほしい時もあるのにあいつはずっと私のことをなでてきます。猫の心がわかってないんです」

「それはステラのこと大事にしてくれているってことでさー」

「しかもですよ。あいつなでるにしても下手なんですよ。なんか撫でられても不快感しか感じないし」

 なだめようとするのだが、そんなこともお構いなしにステラは不満をぶちまける。どうやら僕の時といい一度スイッチが入ってしまうと、全て話し切らないと気が済まない性質らしい。まあ対する人のことは気にもせず というのはどうにも猫っぽいといえば猫っぽいけど。そして自分に関することについていえば有無を言わさずというところも。

「でもステラは僕のことは嫌いじゃないんだね」

「はい。ご主人様とは適切な距離感もありますから。ステラが近づくときは基本寒い時だけです。それ以外ではくっつきたくありません」

 そこまでしゃべって疲れたのか湯呑に口をつける。

「それで、話の続きですね。満月の光のことについてですけど……。実は満月単体でも大きな力を持っているんですよ」

「猫が人間になる以上に?」

「そうですよ。御主人さま興味出てきたんじゃないですか?」

「まあね。聞きたいけどさ」

「どうかしたんですか」

「あれ」

時計を指差してステラもそっちを向く。さっきアイナも言っていたことなのだが母さんが帰ってくる時間がそろそろ近づいてきたのだ。

「ああ、お母様の件ですね。確かに私のことを容認してくれるようなタイプの方じゃなさそうだっていうのはなんとなくわかります」

 母に対する適切な感想と分析をステラと立ち上がり彼女を玄関へと連れて行った。真っ黒なブーツを履くと彼女は荘厳そうな扉を開けて夜の向こうへと消えていく。その数十秒後、扉の下に取り付けられている猫専用扉が動いた。カタンという音がすると黒猫の姿をしたステラが入ってくる。僕が知ってるいつも通りのステラだった。真っ黒な毛並みに首輪に着けている大きなリボン。

「おかえり」

 僕が屈んで足もとにいるステラの頭をなでていると、上のほうでドアが開く音がした。何事かと思ってそっちを向く。アイナが目を輝かせているのだが

「ねえ、ステラ帰ってきたの!?」

「さっきね」

「ねえ見せて!!」

 さっきの淡々としていた態度とは一転してもはや別人。ステラに対しては溺愛しているんじゃないかっていうくらいテンションが上がっている。階段を下りてくると廊下を走って玄関にいるステラを抱き上げた。階段で走らないのは危ないっていう判断力がまた残っているんだな。ただ廊下で走ると危ないからそこらへんはまあ迂闊というか。

「お帰り!どこ行ってたの?さびしかったんだよ」

 抱え上げるとステラに対して頬ずりしている。どこに行っていたというけれどさっきまでリビングにはいた。この反応を見る限りだとアイナはステラとあの黒髪の少女が同じ存在とは気づいていないのだろう。まあそう考えろ というほうが難しいのか。どうやら彼女も常識の範囲内では生きている存在なようで。

「よしよし」

 アイナはステラの頭をなでているのだが、さっきのやり取りを聞いた後だとどこか嫌がっているように見えてきた。止めるべきなのだろうが今の彼女に言って果たしてやめるのだろうか。

 次の日。ちょうど満月の日だということで都合がよかったらしくステラは外に出かけようといってきた。実際に見せたほうがいいということを昨日の話で理解したのか何か証拠というべきものを見せてくれるのだろう。

 実際に今外に出て歩いているのだが

「寒い……」

 誰もいない夜道を人の姿をしたステラとともに歩いていく。彼女は出かけるといったがどこに行くとは言っていなかった。そもそもどんな能力が満月の光にあるのかまだ教えてもらっていない。

「ねえ、どこまで行くの」

「もう少しですよ」

 あいまいな表現で行き先をごまかしている。そろそろ隣町あたりまで行きそうなところまで歩いている気がするんだけど。というかステラってこんなところまで活動範囲に入れていたんだ。僕だってあまり行かないような地域だ。

 やがて街と街の境界線になっている線路の高架下を超えてしまった。まだまだ歩くのかと思った時。

「つきました」

 大通りに面した、雑居ビルの前で立ち止まる。色んな人が歩いているけれど誰も見向きもしない。まるでそこには何もないかというように。

「遠いね」

「こんな距離で音を上げちゃだめですよご主人様。全くアニメのためならどこまでも行くのに。そういえば部屋の中でしたか、3番目の棚の奥に」

「もうやめて!」

 まだまだ暴露を続ける。ステラはほとんどの情報を掌握しているみたいだ。困ったな。帰ったら部屋の配置を直しておくしかないな。そんなことに悩んでいるのをお構いなしとばかりにステラは待っていた。

「じゃあ用意はいいですね。行きますよ」

「うん」

 臆することなくビルの中に入り一番奥のエレベーターへとやってきた。ボタンを押したわけでもないのに勝手にドアが開く。驚いているとステラが腕を引っ張りエレベーターの中へと入った。こっちもこっちでボタンが一つも存在しないしどこで行くのかわからない。不思議な振動がしているが、上に言っているのか下に移動しているのか。独特な機械音が響いたかと思うと、停止した。

「着きました」

 ゆっくりと扉が開くと、その先に広がっている景色に絶句した。ビルの中とは思えない光景だった。夜であることには変わりないのだが普通の景色ではない。目の前にあったのは庭園だった。頭上には月が笑う。エレベーターがあるのはテラスの中のようだった。橋がかけてありその向こう側にはさらに街が続いている。ちょうちんがつるされ多くの人々が行きかう歓楽街のような場所だった。

「ご主人様立ち止まってないで進みますよ」

「あ、うん」

 ステラに促され、歩き始める。大通りの中へと入ってくると人が増え始めてきた。というか人ですらないような姿の存在がちらほらいる。中には空を飛んでいる生き物だって。羽が生えているなんてどうなっているんだろう。

「驚いてますね。ご主人様」

「驚くよ。だって空飛んでるし」

「ああ。そのうちなれますって」

 なれますって。そんな無責任なてこといわれても。

「そもそも、どこなのここ」

「ここはですね。世界のはざまのような場所です。いわる表世界、つまりご主人様たちが暮らしている世界と総称した人ならざる者たちが暮らす裏世界というものがあるわけでここはその中間にあたる場所なんです」

 にわかに信じがたいが自分が立っているのだから信じざるを得ない。

「ここにはあらゆる存在が集います。妖怪とか幽霊とか。私のように人間の姿を変えられるネコとか犬とか。たまにインコとかいますけど」

「はあ」

 頭が痛くなってきた。能の処理容量を超えそうな気がする。そんななかでもステラは歩き続けている。

「おなかすいてますよね。この先に美味しい場所があるんです」

 そもそも僕は夕食を食べずに出てきた。ステラが案内してくれるとのことだから。適当に忘年会に出るとか何とか言って周りには誤魔化してある。

「さ、ここです」

「なんか見慣れない生き物がいるんだけど」

 ネコともリスとも犬とも言えない姿の生き物が店先のイスに座っていた。そこで本を読んでいる。

「気にしてはいけないですよ。無害ですから。あ、二人です、入れますか」

 謎の生き物にステラが取次ぎを依頼する。一瞬だけステラのほうを見たと思ったら、すぐに別の生き物を呼んできた。向かい合っただけで言葉を伝えたらしく、ステラの方へ向き直ると彼女の手を二回叩いた。

「開いてるみたいですから。入りますよ」

 どういう言語体系なのだろう。ステラとあの謎の生き物たちはいつの間にやら交流を深めていった。言葉を持たない交流というのがもしかしたら得意なのかもしれない。と言いつつ奥に通された。座敷ではない普通の座卓。

「天ぷらそばでいいですよね。ここのは美味しいですよ」

「別にいいけど。ステラは平気なの」

「平気ですよ、この状態なら人と同じ消化器官になってるみたいなので」

 胸を張る。自分自身についての把握はすでにすんでいるみたい。

「それで、ステラの考えはなんなの。まさか天ぷらそばをおごるためだけにここに連れてきたわけじゃないでしょ」

「それですね。実はご主人様に見てもらいたいものがあるんです」

 ケープコートの中に手を入れると、封筒を取り出してきた。封をひもで縛ったような簡単の作り。

「之の謎を解いてほしいんです」

「どうしたのこれ」

「初めてこの場所に来た時、女の人がくれたんです」

 色々聞きたいがとりあえず中身の見分を行うことにする。片方は地図。もう片方はメッセージが書いてある。そこにはこんなことが書いてあった。

―大いなる木のそばに真実の宝あり。営みを見下ろす場所なれば。それは時をさかのぼるもの。真実に行きつきたければ右の謎を解け。

「ご主人様はその地図を見たことがありますか」

 地図は略図なんてものではなく。きっちり等高線がひかれているようなちゃんとしたものだった。地図記号だって書いてある。たぶん住宅地になってるような場所。そして最大の手掛かりは駅の名前。竜神坂。

「見たことあるし。多分ここしってる」

「どこにあるんですか。行きたいです」

「明日にでも行こうか。別に泊りになるような場所じゃないし」

 事実そうだった。僕たちの住む町から電車をそのまま乗り続ければ、着く場所だった。どういう町かって言うと、明治時代からの市街地の終端みたいな場所。時代が進んだ今ではもっと先まで宅地化が進んでいるけど竜神坂のあたりだけは既に開拓されてたからそのままだった。

「でも、ご主人様はなんでここを知ってるんですか」

「それはさ」

 と思ったら天ぷらそばが運ばれて来た。

「ステラが生まれた場所だから」

「私の……」

 湯気が立つ。おいしそうなそばだと思う。

「ステラは、いつから覚えてるの。自分の記憶というか」

「覚えてる範囲で言うなら。一番最初の記憶はご主人様の家にいる記憶です。気が付いてからあの家以外で育った記憶はありません」

 それもそうだとおもう。ステラは生まれてすぐに僕の家にやってきた。それが数年前の話。僕がまだ学生服を着ていて、アイナについていえばまだ小学生だったような気がする。あれ既に中学生になってたかな。

「一番最初の記憶はご主人様がステラと名付けてくれた記憶ですが、正直あいつが出てくることのほうが多いんですけど」

 忌々しそうにつぶやく。相当根に持ってるなこれは。

「まあいいや連れて行ってあげるから」

 というわけでステラのことを連れて出かけることにした。


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