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お互い半分ずれた世界の中で

作者: GO

つまらない話ですが、少しの間お付き合い下さい。

 この話の中には、私の主観が多く入っており、私の考えの真偽の程は、これからの研究や科学的な検証結果により、判定されていくかとは思いますが、それはさておき、私がこの話で一番言いたいことは、【物事の一面だけを見て何かを分かったような気になるな】と、いうことです。一見何の変哲の無いようなものの中に、とんでもないものが隠れていたとしたら、あなたはどうしますか。

 気を付けてください。あなたが普段目にしているものは、いつの間にか普段のそれを辞めているかも知れません。


 私は、かつて軍に籍を置いていたことがあります。軍では、よく教育が実施されます。教育といっても、色々あってその内容も言えないのですが、私はとある教育隊の隊長に配属されたことがあったんです。

 軍の教育の評価の中に【服務】という項目があります。簡単にいうと生活態度の評価ということでしょうか。身だしなみはどうか、とか、居住区の整頓状況はどうか、とか、軍の教育ではそんな所も、評価対象になるのです。

 ある冬の夕方、学生達が教育中であるのを見計らって、私は学生達の居住区を見てまわることにしました。いわゆる【営内点検】です。評価のため、というのもありますが、学生達は、配属部隊から離れて教育に参加しているため、こちらが油断すると、彼らの羽根がすぐのびてしまうのです。思わぬ事故の原因にもなるので、引き締めのための材料探し。という側面もありました。

 まあもっとも、学生達の気が緩んでいるのは、授業態度を見れば、大体分かっていました。教育も半ばを過ぎ、学生間の気心も知れてきた頃合でしたから。

 スチームストーブが効き過ぎた学生の宿泊部屋を汗だくになって一部屋ずつ見て、評価も終り、あっさりと見つかった規律弛緩の証拠(ブツ)も押さえて、さあ、これから戻って学生共に説教だ。と、意気込んだ矢先のことでした。

 あれ程暑かった部屋が、急に息が白くなるくらい冷え込んで、床、と言うより軍靴の裏がちょうど古いラーメン屋みたいな感じで、ベトベトしてきたんです。単刀直入にいうと、これらは、幽霊が出る典型的な前兆なんです。

 ―いけない。―と、すぐ部屋から出ようとしたのですが、ドアの磨りガラス越しに、人影があったので、とりあえず脱出は諦め、とっさに携帯電話を傍らのベッドの上に放り投げて、ドアから一番遠いベッドへ行き、そこでなるべくドアを見ないような角度で、低い姿勢をとり、床の一点に視線を集中させました。

 私は実際、このような事態には、過去何度も出くわしたことがあって、その場合

【直ちにその場を立ち去る】

【低い姿勢をとる】

【電子機器を身体から遠ざける】

【出くわした者を無視する】ようにしていれば、何とかやり過ごせていたので、自然とそのように身体が動きました。

 ―がちゃり―、と重苦しい音と共に、ドアから【彼】が入って来ました。内容までは分かりませんでしたが、ずっと何かを呟いています。その声で【彼】が男性であることが分かりました。

 乾いた靴音を聞きながら私の胸は、不安で張り裂けそうになっていました。【彼】は、【姿】を見せて、【ドアを開けて】この部屋に入り、【足音】を立てて、【声】を発しているのです。ここまで【私達の世界】にいた頃の【自身】を再現できる者に出くわすのは初めてのことでした。

 更に悪いのは、その【足音】が、真っ直ぐこちらに向かって来ていることでした。

 これまでは、携帯電話を身体から離して、姿勢を低くし、静かにしていれば【彼ら】に見つかることなどなかったのですが、見つかった以上、長期戦は避けられそうにありませんでした。

 ゆっくりとした足音がついに、私の真後ろに来ました。【彼】は相変わらず、何か呟いていました。あまり前向きな内容ではない様に聞こえましたが、はっきりとは分かりません。私は、頑なに低い姿勢をとり続けました。そのうち【彼】は、私の真後ろで足踏みを始めたり、呟きに舌打ちを頻りに入れたりと、【彼】の存在を認めてくれない私の態度に焦れた様子を見せ始めました。

 突然、私の視界の端に【彼】の顔が入って来ました。見えたのは一瞬でしたが、無精ひげに煙草の【匂い】まで再現してありました。やはり、低い姿勢で視界を制限していたのは、大正解だと思いました。

 私は、とっさに、しかし、わざと緩慢に、手に持っていた学生共の規律弛緩の証拠、ハレンチな格好で、あられもない姿勢をとっている美少女の模型【以後フィギュア】を震える両手で包み込むと、それをゆっくりと視線の集中点に移動させ、何事かを口の中で唱えるように話しかけ続けました。

 いっそのこと、―何も見なければ―と、目を瞑ってみましたが、そうなると今度は、目の前の闇に耐えられなくなって、目が勝手に開いてしまいました。

 そのうち、背中全体に【ものすごく軽い何か】が乗っかる感覚があり、【彼】の身体の色々な部位が私の視界に入ってくる様になりました。それは、足であったり、手であったりするんですが、とにかくバラバラでした。左手と右足が一緒に出てきたり、顔と左足が出てきたりで、【彼】が私の背中でどうなっているのか、まるで想像がつきませんでした。

 私は、冷気だけからくるものではない震えに襲われながら、【彼】の顔には、特に気を付けていました。顔が出てきたら、ゆっくりとその逆の方に自分の顔を向けていきました。もちろんフィギュアに話しかけることも疎かにはしていませんでした。

 とにかく私は、【彼】が見えないふりをし続けました。【視線が合う】ということは、【彼】が見えていることの証明であり、過去、【彼ら】を無視することに失敗した【私達】がどうなってしまうのかは、誰も教えようとはしてくれませんでした。

 それにしても、【彼】が、【匂い】と、僅かながら、【質量】までも再現してきたことは、この時、とても信じられませんでした。【私達の世界】によほどの未練を残した者か、今しがた【彼らの世界】に着いた者か。いずれにしても、【彼】がここまでの姿を再現できていたのは、【彼】の【私達の世界】への執着の大きさのみによるものと思い込んでいました。

【彼】は、私に【自身】を見つけさせようと、執拗にまとわりつき続けましたが、私は、心を無にしてフィギュアにボソボソと話しかけ続ける作戦、【以後作戦】をひたすらに続け、【彼】に付け入る隙を与えませんでした。【彼】は、―畜生―、―見えてるくせに……。―等と呟きながら、徐々に私の背中から離れていくのが何となく分かりました。私の無の心に、安堵の色が少しずつシミの様に広がってきましたが、まだ気を抜かず、完全に気配がなくなるまで、作戦を続けることにしました。

 ―かしゃっ―、唐突なシャッター音とともに、冷気と靴裏のベタつきがなくなり、部屋にストーブの温もりが戻ってきました。【彼】は、ようやく引き上げてくれたようでした。が、それでも後ろを振り向くには、相当の勇気が必要でした。学生共を説教する気力は、とうに失せていましたし、それどころか、フィギュアの持ち主に対しては、感謝の気持ちすら湧いてくる有様でした。

 部屋は、いつもの部屋に戻りました。

 ここで気になったのが、私がベッドに放り投げた携帯電話でした。シャッター音が出る機械は、この部屋を見渡す限りでは、私の携帯電話だけでした。

【彼ら】は、携帯電話、テレビ、パソコン等、電磁波を出す物に惹き付けられる性質があるらしく、過去に【彼ら】と出くわしている最中に携帯が鳴って、【彼ら】にまとわりつかれた事例が何度もあったと聞いていたので、私は、最初に携帯電話を手放したのです。

【彼ら】が高精度で再現した姿や声は、画像や音声データとして【私達の世界】に残される場合があります。が、それは、非常に稀なことです。【彼ら】は、余程の条件が揃わない限り、【私達の世界】にある物質に関与できないからです。

 但し、この時【彼】は、被写体としてではなく、撮影する側としてデータを残している可能性がありました。【彼】の再現の精度の高さなら、【私達の世界】にある物質に関与する。つまり、携帯電話を操作することもある程度はできたのでは。と、考えたのです。

 私は、ベッドに放り投げた携帯電話を調べました。その結果【彼】が、写真を撮影した痕跡を確認しました。私は、自身の仮説が正しかったことを確信していました。

【彼】が残したのは、写真データが1件のみでした。私は、再度辺りを見渡し、異常がないことを確認すると、意を決して指でアイコンを突っつきました。

 画面に展開されたのは、一見すると、この部屋の写真のようでした。それは、出入口向かって一番左奥の窓際天井付近から、部屋全体を俯瞰するような角度で撮影されていました。ドアがあって、ベッドが3つ、ロッカーが3つ、机と椅子が3つ、その他学生共の私物がちらほらと写っており、私も写真の右隅ギリギリに背中の一部だけ写っていました。

【彼】の鮮明な顔写真とか、そういう衝撃的な画像も覚悟していました。が、そんなものは一切写り込んでいなかったので、安堵と拍子抜けした気分が混ざった、複雑な気分になりました。それでも、一応……、と思い、一番窓際の机に上がって、可能な限り写真と同じ角度で部屋を見てみることにしました。


 すると、この写真の中に一つだけ、実際の部屋と違う所があることに気付きました。何度も両方を見直しましたが、間違いなく、そこだけが矛盾していたのです。


 なぜこんなものが写り込んでいるのか。私は、この時全く理解できませんでした。


 私は、とりあえず落ち着こうと思い、傍らのベッドに腰掛け、写真を見つめました。が、答えは出ません。矛盾しているのは、本当に些細な所なのですが、それが却って不気味に見えました。

 私は、一つ大きく息を吐くと、右手を目に当てました。煮詰まった頭を整理するのに、視覚情報が邪魔だと身体が判断してくれたのかもしれません。目の前に暗闇が広がり、この日、この部屋で起こったことが浮かび上がってきました。【彼】が出てくる時の冷気の感触、近づく靴音の響き加減……。

 私は、ふと、顔を上げました。気になることを一つ思い出したからです。【彼】は、部屋に入って来た時、なぜ私を見つけることができたのでしょうか。それまで対応さえ間違いなければ、見つかることなどなかったのに、これは、ただ単に私の運が悪かっただけなのかと。

【彼ら】は、【私達の世界】にある物質に関与できないのです。可視光も、私もそこに属している訳ですから、【彼ら】に私達が見えるはずがありません。

 しかし、【彼】は、一直線に私の後ろまで来ました。とても迷っているようには、感じられませんでした。

 それに、【彼】は、携帯電話で写真も撮影していました。写真は、ピントが合っていて、枠内に部屋の俯瞰がきれいに収まっていました。これが見えていない状態で撮られたとは、とても考えられませんでした。

【彼】には、この部屋も、私も見えていた。これが私の結論でした。では、【彼】以外の【彼ら】に私が見つけられなかったのは、どういうことだったでしょうか。この矛盾が写真の矛盾と何か関係しているのでしょうか。見える、見えない、矛盾……。頭の中で堂々巡りが始まりました。


 ―あっ―、と、私は思わず携帯電話から手を放しました。もちろん床に落ちましたが、とても拾う気にはなれませんでした。


 この写真には、とんでもないものが写っていることが分かったからです。自分が出した結論は、自分でも信じられなかったのですが、そう考えると、矛盾が全て解決できました。私はこれまで、この部屋で起こったことは、全て【私達の世界】で起こったとばかり考えていました。


 そこで、枕詞を【彼らの世界】に変えてみたのです。【彼ら】が関与できないのは、【私達の世界】にある物質です。【彼らの世界】にある物質なら、関与できたのではないのかと。これなら、【彼】が私を見たり、携帯電話で撮影できたことも説明がつきます。再現の精度ですが、【彼】はただ、【彼らの世界】でのありままの姿を見せたに過ぎなかったのでしょう。


 しかし、これだけではこの状態を説明するのは不十分です。この部屋と私は、【私達の世界】に戻って来ました。【彼】も【彼らの世界】に戻りました。そして、私のことを【私達の世界】の人間と感じてまとわりついてきました。つまり、あの時あの部屋は、非常に不安定な世界だったんです。


 非常に蛇足ですが、私は生きながらにして、【彼らの世界】に行きそうになっていたのです。危なかった。



 この写真には、実際の部屋と違う所が一つだけありました。


 ドアです。写真と実際の部屋では、ドアノブの位置が左右反対だったんです。


 この写真には、【私達の世界】だけでも、【彼らの世界】だけでもない【その二つとも重なった世界】が写っていたんです。了





読んで頂きありがとうございました。

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