「大魔王様、この領収書の件ですが」
私の執務室の扉が勢いよく開かれた。
「執務中失礼いたします! 主計官のユノです! 大魔王様、この領収書の件ですが!」
ヒールの音を高く鳴らしながら近付いてくる。
「待った待った、何ごとだ急に! 秘書室を通せ!」
「皆さんお手洗いに立たれ不在でしたので!」
「何で秘書が全員で便所行ってんだ、逃げたな!」
主計官ユノ。妖艶な佇まいが印象的な美女だが性格は生真面目で仕事ぶりは完璧、予算経費を司る主計官として身分の上下を問わず恐れられている。
「申し訳ありません! 経費精算の支払い期日なので取り急ぎ確認に参りました!」
仕方なしにユノが差し出した領収書に目を向ける。
「……辺境魔王との会食時の費用だ。私は大魔王だぞ。各地の魔王との親睦は欠かせない」
「一軒で六十万は前例と比較してもかなり高額です! 本当に会食費用なのですか!」
「そう言っているだろう。魔王同士の会食だ、費用を度外視しても得られるものは多い」
「店名を調べると、淫魔が経営していて、サキュバスが接待に当たるようですが!」
調べるんじゃないよ、秘書官に倣って空気読んで書類通しとけよ。
「ほら……酒が進んで盛り上がることもあるだろう。男同士、そういう場所で親睦が深まることも……」
「若い大魔王様のお楽しみ自体を否定はしませんが! 魔界規定では社会通念上の交際費を逸脱するとして経費精算は認められておりません! 自己負担でお願いします!」
「わ、分かったよ……」
「それとこの領収書ですが!」
「まだあるのかよ」
「図書費二万弱。こちらも高額です、どのような書籍ですか!」
「……人間界の資料だ」
「現物はどちらに!」
「私の寝所だ、ここにはない。大魔王たるもの、プライベートでも情報収集は欠かさぬのだ」
ユノのシャープな眼鏡が光る。
「成る程! わたしもアニメ・劇場版の先の物語が気になっている所です!」
「だろ!? 全巻大人買いしちゃったよ、読む? 持って来ようか」
「漫画、なんですね!」
「……はい」
「自己負担で!」
「……はい」
「以上です! お忙しいところお時間ありがとうございました!」
再びヒール音を高々と鳴らしながらユノが執務室から出ていくと、思わず口からため息が漏れた。
私は大魔王、この魔界を統べる大魔王城の主だが――大魔王城最強は、実質ユノである。
人間界にもそう知らしめておきたい所だ。
なろうラジオ大賞2 応募作品です。
・1,000文字以下
・テーマ:大魔王